個別に評価する決算・財務報告プロセス

決算・財務報告プロセスに係る内部統制

 決算・財務報告プロセスとは、主に経理部門等が行う決算整理仕訳や、財務諸表や有価証券報告書等の外部公表資料の作成など、決算時特有の業務プロセスのことです。

 内部統制の有効性の評価という側面から、決算・財務報告プロセスは以下の2つに大別されます。

  • 全社的な観点での評価が適切と考えられる業務プロセス
  • それ以外の個別に評価すべき業務プロセス

 この記事では、後者の「それ以外の個別に評価すべき業務プロセス」(以下「個別に評価する決算・財務報告プロセス」という)に係る内部統制について簡単にまとめました。

※実施基準=「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」

個別に評価する決算・財務報告プロセスとは

 実施基準では、評価対象とする業務プロセスの識別について、

財務報告への影響を勘案して、重要性の大きい業務プロセスについては、個別に評価対象に追加する。

としており、決算・財務報告プロセスのうち個別に評価すべきプロセスの識別についても、この考えが基本となります。

 また、実施基準では、重要性の大きい業務プロセスを検討するポイントとして、以下のものを挙げています。

①リスクが大きい取引を行っている事業又は業務に係る業務プロセス(例)

  • 金融取引やデリバティブ取引を行っている事業又は業務
  • 価格変動の激しい棚卸資産を抱えている事業又は業務
  • 複雑な会計処理が必要な取引を行っている事業又は業務 など

見積りや経営者による予測を伴う重要な勘定科目に係る業務プロセス(例)

  • 引当金
  • 固定資産の減損損失
  • 繰延税金資産(負債) など

非定型・不規則な取引など虚偽記載が発生するリスクが高いものとして、特に留意すべき業務プロセス(例)

  • 通常の契約条件や決済方法と異なる取引
  • 期末に集中しての取引
  • 過年度の趨勢から見て突出した取引 など

 これらを鑑み、さまざまな決算手続きのうち、重要性の大きい業務プロセスに該当する可能性がある例として、以下のようなものがあります。

  • 貸倒引当金等の諸引当金
  • 棚卸資産の評価
  • 有価商品やデリバティブ等の金融商品の時価評価
  • 繰延税金資産の回収可能性の評価
  • 固定資産の減損損失
  • 資産除去債務 など

 決算・財務報告プロセスのうち、算定の際に見積もりや仮定の設定が必要なプロセスは、基本的に個別で評価する決算・財務報告プロセスとなります。

 また、以下のような状況下では、新たなリスクが発生したり、リスクの内容が変化することが考えられるため、関連する業務プロセスにおいて評価対象となるものがないか検討が必要です。

  • 規制環境や経営環境の変化による競争力の変化
  • 新規雇用者
  • 情報システムの重要な変更
  • 事業の大幅で急速な拡大
  • 生産プロセス及び情報システムへの新技術の導入
  • 新たなビジネスモデルや新規事業の採用又は新製品の販売開始
  • リストラクチャリング
  • 海外事業の拡大又は買収
  • 新しい会計基準の適用や会計基準の改訂

個別に評価する決算・財務報告プロセスに係る内部統制の整備

 日本公認会計士協会が公表している「監査・保証実務委員会研究報告第32号」では、2013 年4月期~2017 年3月期に発生した決算・財務報告プロセスの誤謬事例として、以下の項目を挙げています。

  • 企業結合における繰延税金資産の計上誤り
  • 企業結合における自己株式処分差益の会計処理の誤り
  • 金利スワップの特例処理の適用誤り
  • のれんの税効果会計の適用誤り
  • 子会社株式の減損処理誤り及び当該子会社の連結範囲の誤り
  • 関連会社株式の減損処理誤り及び当該関連会社の持分法適用範囲の誤り
  • 引当金の見積り誤り
  • 株式交換に係る取得原価の算定誤り
  • 海外連結子会社の税金計算の誤り

 これらの事例からもわかるように、決算・財務報告プロセスには専門的で複雑な業務が多くあります。

 そのため、財務報告の信頼性を確保するには、後述する「3点セット」「決算業務チェックリスト」「マニュアル」等の作成により、手順の明確化が欠かせません。

3点セット

 3点セットとは、「フローチャート」「業務記述書」「リスク・コントロール・マトリクス(RCM) 」と呼ばれる文書のことです。

 各プロセスについて、取引の流れや会計処理の過程、識別したリスクおよびリスクに対応する統制を、文章や図で説明したものです。

 なお、作成の準備として、業務担当者に業務手順等のヒアリングを行い、文書化の内容を事前検討します。

フローチャート

 フローチャートは、取引の流れや会計処理の過程を図で表したものです。

 業務の手順だけでなく、プロセスに関連する業務を行っている部署や取引先、システム、統制(承認や検証、照合等)も記載します。

 例外事例は、フローチャート内で補足説明するか、補足説明しきれない場合は別途フローチャートを作成します。

 視覚的に業務プロセスが把握できるため、業務フローの重複重大なリスクや統制を判別しやすくなります。

※実施基準(参考2)業務の流れ図(例)

業務記述書

 業務記述書は、フローチャートで示した取引の流れや会計処理の過程を、文章で記述したものです。

 文章で表現するため、記載内容はフローチャートより詳しく具体的なものになります。

 業務記述書には、主に以下の内容を記載します。

  • 取引の概要
  • 規程、マニュアル、証憑等
  • 部門や担当者の業務分担の状況
  • 使用しているシステム
  • 業務内容(5W1Hで表現)
  • 統制(システムによる統制を含む)

 なお、業務内容が複雑でないプロセスであれば業務記述書のみの作成で十分な場合もあります。

※実施基準(参考2)業務記述書(例)

リスク・コントロール・マトリクス(RCM)

 フローチャートや業務記述書によって業務プロセスが整理されたところで、業務プロセスに存在するリスクを識別します。

 識別するリスクは、不正や誤謬により財務報告の信頼性に影響を与えるものに限ります。

 また、リスク識別の際には、財務情報の正しさの要件となるアサーション(詳細は後述)の確保を考慮します。

 リスク・コントロール・マトリクス(以下「RCM」という)は、各リスクの内容、そのリスクに対応する統制、および該当するアサーションを表にまとめたものです。

 なお、リスクに対応する統制については、以下のような事項もあわせて記載します。

  • 統制の重要性(キー・コントロール:重要リスクを低減するために最も効果的な統制)
  • 統制の頻度
  • システム統制かマニュアル統制か
  • 予防的か発見的か

 RCMを作成する際に、アサーションを確保する統制が存在するか、存在しなければどのような統制を整備すべきかを意識しながら作成します。

※実施基準(参考3)リスクと統制の対応(例)

決算業務チェックリスト

 決算・財務報告プロセスには手順が複雑な業務が多くあります。

 また、非定型な取引や判断が伴う処理が多いため、システム化が困難であり、担当者自身が作成したスプレッドシートを用いられることもあります。

 実施すべき処理が漏れや誤りなく行われていることを確認するために、業務の流れをリスト化したチェックリストを作成します。

マニュアル

 マニュアルは、決算処理について詳細な手続きを定めたもので、作業の標準化が目的となります。

 見積もりや評価についての客観的なルールを作成し、誰が担当しても同じ算定結果になるようにします。

 知識や経験が豊富な担当者に頼り、業務が属人化してしまうことを防ぐことが重要です。

アサーション

 アサーションとは、勘定科目や金額の計上・表示が正しいことを主張する以下の6つの要件のことです。

  • 実在性:資産および負債が実際に存在し、取引や会計事象が実際に発生していること
  • 網羅性:計上すべき資産、負債、取引や会計事象をすべて記録していること
  • 権利と義務の帰属:計上されている資産に対する権利および負債に対する義務が企業に帰属していること
  • 評価の妥当性:資産および負債を適切な価額で計上していること
  • 期間配分の適切性:取引や会計事象を適切な金額で記録し、収益および費用を適切な期間に配分していること
  • 表示の妥当性:取引や会計事象を適切に表示していること

 RCM作成の際、リスクの識別にあたって、不正または誤謬が発生した場合にどの要件に影響を与えるかを把握します。

 例えば、販売プロセスにおいて、アサーションに関連する虚偽表示のリスクの例は以下のとおりです。

  • 実在性:架空の受注がなされ架空売上が計上される、受注情報が二重入力され売上が二重計上される
  • 網羅性:受注入力の漏れにより売上が計上されない
  • 権利と義務の帰属:顧客と同意のない受注により主張できない債権を計上する、顧客からの受領書を適切に処理しない結果債権を主張できない
  • 評価の妥当性:未承認の顧客と取引を行い回収可能性のない債権を計上する
  • 期間配分の適切性:出荷情報が正しく入力されず売上計上日を誤る
  • 表示の妥当性:事実と異なる商品名を入力し売上が適切な勘定科目で仕訳・開示されない

個別に評価する決算・財務報告プロセスに係る内部統制の評価

 決算・財務報告プロセスにおいて、固有の業務プロセスの評価は、前述の「3点セット」「決算業務チェックリスト」「マニュアル」等の文書を利用して行われます。

 内部統制の整備に関する評価については、これらの文書において、財務報告の虚偽表示につながるリスクが洗い出され、それらに対応する統制が整備されているかかが問われます。

 また、内部統制の運用の評価では、作成された文書どおりに決算業務が行われているかを確認します。

 もし内部統制に不備が発見された場合は、是正措置が必要です。

 しかし都合上、評価の基準日は期末日となるため、期末日後に実施される決算手続きに不備が見つかっても、是正措置が基準日には間に合いません。

 その不備が財務報告において重大なものである場合は「開示すべき重要な不備」として情報開示することになります。

 このような事情もあって、日本公認会計士協会「監査・保証実務委員会研究報告第32号」では、調査対象とした2013 年4月期~2017 年3月期の重要な不備207件のうち、決算・財務報告プロセスの誤謬の件数は61件となっており、決して少ない件数ではありません。

 このことからも、財務情報の適切な開示において、決算・財務報告プロセスに係る内部統制の整備・運用がいかに重要かがうかがえます。

(参考)会計不正

 前述の「研究報告第32号」では、2013 年4月期~2017 年3月期における重要な不備207件のうち、不正事例は119件であり、半数を占めています。

 内部統制の評価においては、誤謬だけでなく、不正も意識して内部統制が整備されているかどうかに着目する必要があります。

 参考に、決算・財務プロセスにおいて発生する典型的な会計不正の例を以下に挙げてみました。

①収益を早く計上する

  • 経営者の裁量により見積総原価を偽り、完成工事高を上回る収益を計上する
  • 決算日直前の顧客への出荷前に収益を計上する
  • 決算日直前の故意に誤った商品を出荷して収益を計上する

②架空の収益を計上する

  • 架空の引当金を計上し、将来の架空収益の源とする

③当期の費用を翌期に繰り延べる

  • ソフトウェアの開発原価の算定において不適切な額を資産計上する
  • 資産の償却期間を不適切に延長する
  • 固定資産の評価を偽り、減損を計上しない
  • 陳腐化した商品在庫を評価減しない
  • 減損した投資への評価減を実施しない
  • 回収不能債権について貸倒損失等の費用計上をしない

④費用を隠す

  • 必要な未払費用の計上をしない
  • 必要な引当金を計上しない
  • 退職給付会計において、年金資産の期待収益を偽って引当金を過少計上する

⑤当期の利益を翌期以降の繰り延べる

  • 引当金を使用して利益を平準化する

⑥将来の費用を前倒しで計上する

  • 商品在庫が陳腐化したと偽って評価減する
  • 有形固定資産が減損したと偽って評価減する

 経理部門だけではなく上層部のかかわりがなければ実行が難しい不正事例も多く、財務報告の信頼性に対する経営陣の姿勢が問われています。

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