イリソ電子工業では、A国の子会社で労務紛争対応に関連する不適切な金銭交付の疑義(A事案)が判明し、監査法人の意見も踏まえ、2026年2月18日に外部専門家による調査委員会の設置を決定しました。
その後、内部監査でB国の子会社でも金メッキドラム取引や通関業務に関する不適切な金銭交付等の疑義(B事案)が判明し、調査対象に加えました。
さらに、デジタル・フォレンジック調査で会計処理や品質検査等の問題を疑わせるメールが見つかったため、調査体制を見直し、同年4月27日の取締役会で、日弁連ガイドラインに基づく第三者委員会として設置することを決議しました。
本記事では、調査報告書に記載されている事由の内容、発生原因に焦点を当てて要約しています。
※詳細はイリソ電子工業株式会社第三者委員会「調査報告書」(PDF)をご確認ください。
会社概要
- 資本金:56億4,005万9,577円(2026年8月6日時点)
- 連結売上高:61,961百万円(2026年3月期)
- 従業員数:連結:2,842名(2026年3月31日時点)
- 事業内容:コネクタの製造、開発及び販売
コーポレートガバナンス体制
- 取締役会:2026年9月30日現在、取締役8名(うち社外取締役3名)で構成、毎月定例開催
- 監査等委員会:2026年9月30日現在、監査等委員である取締役4名(うち社外取締役3名)で構成、随時開催
- 指名委員会及び報酬委員会:取締役会の任意の諮問・答申機関
- コンプライアンス委員会:取締役執行役員管理本部長を委員長とし、3か月に1度定期的に開催
事実経緯
コネクタメーカーのイリソ電子工業は、海外子会社での不適切な金銭交付の疑義を受けて第三者委員会を設置し、2026年9月28日に調査報告書を受領しました。
報告書では、A国・B国の海外子会社2社での外国公務員などへの金銭交付(またはその可能性)に加え、件外調査で会計処理や品質検査の問題も多数明らかになりました。なお、関係者の氏名や一部の国名・金額は報告書の表記に従います。
A事案:労働裁判をめぐる裁判官への金銭供与の可能性
発端となった労働紛争
A国の子会社(A現地法人)のA工場では、2008年に業務委託契約を解消したことをきっかけに、組合員から不当解雇などを理由とする申立てを受けました。紛争は最高裁まで、17年近く続きました。
2021年の支払(約2,700万円)
2019年、委員会で不当解雇が認定されると、現地の顧問弁護士(訴訟担当弁護士)は「ロビー活動」や「工作費用」について説明していました。
高等裁判所の判決直前の2021年3月には、「裁判官の取込み」費用として2,000万円を提示したとみられます。その後届いた請求書には内訳が一切ありませんでした。
この件は本社側のa氏(当時の工場長、のちの社長)とb氏にも伝わっており、裁判官の取込費用であるとの説明も含まれていた可能性が高いと認定されています。
a氏は当時の社長の了承を得たとして、約2,698万円の支払いを指示しました。本来は社長決裁が必要と考えられる金額でしたが、稟議システムの設定もあって、a氏自身が最終決裁者になっていました。支払いの1週間後、高裁で会社側の実質勝訴となる判決が出ています。
2025年の支払(約5,000万円)
相手方の上告を受けて審理が再開されると、2025年7月、現地工場長のc氏はb氏に、弁護士が再び「ロビー活動」を始めたと報告しました。費用の見込みは約4,750万円で、高くなる理由は「仲介者(判事3名)」が必要だからという説明でした。
c氏は当初「ブラックな部分がある」と書いたメールを取り消し、「デリケートな部分」と書き換えて再送しています。
請求書には、弁護士報酬よりはるかに高額の「Labor Relations Assistance」という費目がありました。社長のa氏は「これは高いよね」と言いつつも容認しました。管理本部長のg氏は「贈賄に当たるのではないか」と問いかけましたが、「お国柄」と説明されています。
稟議では明細が不明だという指摘も出ましたが承認され、約4,962万円が送金されました。本来必要だった取締役会決議も経ていません。
支払後の対応と委員会の判断
監査法人が明細の提示を求めたことで、問題が表面化しました。現地での面談で、弁護士は明細を出さないまま、複数の裁判官に払ったという趣旨の話をしています。返金は難しいと判断した会社は、日付を遡らせた成果報酬契約を結び、支払済みの金額をその前払金として扱いました。
委員会は、直接証拠がないため確定はできないものの、両年の支払の全部または一部が裁判官への供与に充てられた可能性があると結論づけました。a氏とb氏については、その可能性を認識していたか、少なくとも容易に認識し得たと判断しています。
B事案:税関職員への現金支払と裏金スキーム
現金還流の仕組み
B国の子会社(B現地法人)は、費用を節約するため自社で通関手続を行うなかで、2007年頃から輸出入のたびに税関に「通関費」を現金で支払っていました。
税関に金属スクラップの輸出を妨害されたことから、同社は2011年頃から取引業者のv社に輸出を委託しました。スクラップや金メッキドラムの売却代金はv社側にプールされ、地元業者へのコミッションが差し引かれる仕組みです。
税制優遇が終わると、プール資金の一部を物流業者経由で現金のまま工場へ還流させ、通関費の原資にするようになりました。持ち込まれる現金は毎月100万円相当以上にのぼりました。
帳簿操作と証拠廃棄
還流した現金は別の箱で保管され、Excelの裏帳簿で管理されていました。会計上は架空の「従業員への前払金」として処理され、2024年5月以降は会計システムへの入力そのものをやめて完全な簿外管理になりました。紙の承認資料も6か月で廃棄されています。
支払先には、空港の税関職員や原産地証明を担当する官庁職員も含まれていました。税関職員への支払額は、2012年度から2025年度までで概算約1億2,355万円です。
本社に伝わらなかった理由
歴代の工場長は本社に報告しておらず、工場長経験者のb氏・p氏はのちに取締役になった後も問題提起していません。2013年の内部監査では担当者が不審な現金に気づきましたが、「これ以上追及しないでほしい」と求められ、本社への報告は見送られました。
件外調査で見つかった問題
追加調査の対象とすべき事案は認められませんでしたが、次のような問題が確認されました。
財務報告・会計処理
- 決算の遅延:A現地法人では監査が長期間遅れ、決算が終わっていない数値で連結財務諸表が作られていました。監査法人への主体的な報告もありませんでした。
- 売上の前倒し計上:本社の売上目標達成の要請を受け、海外子会社2社が出荷前に売上を計上していました。2023年3月期の影響額は5億7,100万円の減額です。
品質管理・品質保証
- 4M変更申請の省略:顧客の承認が必要な変更について、申請しない運用が慣例化していました。
- 試験データの捏造:試験をせずにExcelの乱数機能などでデータを作り、900部超の報告書を顧客に提出していました。実際の試験データの書き換えも行われていました。
- 検査の不実施:国内工場で抜取検査が実施されず、最終検査の寸法測定も省略されていました。2025年11月以降は寸法測定が一切行われていませんでした。
その他
ハンドキャリー時の不適切な税関手続・会計処理なども確認されています。
原因分析
コンプライアンス軽視の企業風土
委員会は、経営陣幹部が重大な違反を認識しながら容認していた点を「極めて重大」と指摘しています。
前社長は品質問題について内部監査で指摘を受けながら、対応していませんでした。件外調査での検出件数は同種の調査と比べてもかなり多く、業績や納期を優先する風土が全社に広がっていると評価されています。両事案では「現地の商慣習だから仕方ない」という正当化も見られました。
本社の管理体制の脆弱さ
- 贈賄対策の不備:外国公務員への贈賄を防ぐ具体策はなく、贈賄防止規程は不正の発覚後に作られました。
- 意思決定プロセスの機能不全:取締役会決議が行われず、管理部門は疑問を持ちながらも稟議を承認していました。
- 現地任せ:海外拠点の管理は事実上現地に任され、問題が見つかっても場当たり的な対策で終わっていました。
リスク情報の吸い上げと内部監査の形骸化
B国では内部通報に基本的に対応しない運用がとられ、通報は0件でした。内部監査も人員不足で規程どおりに実施されず、不正の兆候に気づいても現地の要請で指摘を控えていました。委員会は、事業部門による内部監査の軽視も不正を防げなかった一因だとしています。
コーポレートガバナンスの観点から見た問題点
イリソ電子工業は2018年に監査等委員会設置会社へ移行し、任意の指名委員会・報酬委員会も設けるなど、形式上はガバナンス体制を整えていました。しかし調査報告書からは、その仕組みが実際には機能していなかった実態が浮かび上がります。
取締役会の監督機能の空洞化
A事案の2025年の支払いは、社内規程上、本社と子会社の双方で取締役会の決議が必要な案件でした。それにもかかわらず、稟議だけで決裁されています。
規程の内容が社内に周知されておらず、稟議システムの設定も適切ではありませんでした。その結果、重要な意思決定が取締役会の目を経ずに行われる状態になっていました。
報告書は、決議すべき事項を取締役会に付議しなかったことを、会社法違反にも該当する重大な違反だと指摘しています。
経営トップ・経営陣自身によるコンプライアンス違反の容認
A事案では、裁判官への金銭供与の可能性を認識し得た社長自身が、支払いを決裁していました。B事案では、税関職員への支払いを知っていた元工場長2人が取締役に就任した後も、問題提起をしていません。品質問題でも、前社長は内部監査での指摘に対応していませんでした。
ガバナンスで監督される側であると同時に、本来は自ら規律を示すべき経営陣が違反を容認していたことは、最も深刻な問題と言えます。
管理部門(第2線)の牽制機能の不全
2025年の稟議では、管理本部の担当者が明細が不明であることや贈賄の可能性に気づいていました。それでも「承認を先行せざるを得ない」として、支払いが承認されています。
起案者が「社長へ説明済み」とコメントしていたことも影響した可能性があります。上位者の意向に管理部門が逆らえない構造があり、牽制役としての責任を果たせていませんでした。
監査機能(第3線)の形骸化
内部監査部門は人員が不足しており、子会社の監査を規程どおり年1回実施することさえできていませんでした。B事案では、2013年の監査で不正の兆候に気づきながら、現地から「追及しないでほしい」と求められて指摘を見送っています。
また、稟議手続については監査等委員会による監査も行われていませんでした。経営の意思決定を事後的に検証する仕組みが、事実上働いていなかったことになります。
海外子会社管理と情報伝達の仕組みの欠如
関係会社管理規程では、重要事項を本社へ報告することが定められていました。しかし実際には海外拠点は「現地任せ」で、B事案は10年以上にわたり本社に報告されていません。外国公務員への贈賄を防ぐ具体策もなく、贈賄防止規程ができたのは不正が発覚した後でした。
内部通報制度もB国では事実上機能しておらず、通報は0件です。このほか、子会社の決算が終わっていない状況を監査法人に主体的に報告していなかったなど、外部監査人への情報提供にも問題がありました。
イリソ電子工業の事例は、機関設計や規程といった「形式」を整えても、それを運用する経営陣の姿勢と、牽制が実際に働く「実質」が伴わなければ、ガバナンスは機能しないことを示しています。
