中部水産株式会社はA社から仕入れた水産物AをB社に販売していましたが、2023年11月に架空取引と循環取引が判明しました。中部水産の取引担当者らは騙されていたと主張しているため、2024年2月に外部専門家2名と社外監査役1名からなる特別調査委員会を設置し、取引の実態と関係者の関与を調査することになりました。
この記事では、同社が公表した特別調査委員会の調査報告書に記載されている不祥事の内容、発生原因に焦点を当てて要約しています。
※詳細は特別調査委員会「調査報告書」(PDF)をご確認ください。
中部水産の会社概要(2023年3月31日時点)
- 資本金:1,450百万円
- 事業内容:生鮮・冷凍・加工食品等の水産卸売業、冷蔵倉庫業、不動産賃貸業
- 従業員:87名
A社事案の事実関係
A社取引は、A社が有する加工場で加工された水産物Aが、中部水産からB社へ、そしてB社からA社へと販売される形で行われました。取引の具体的な流れは次のとおりです。
- A社が中部水産に水産物Aを販売し、商品はA社倉庫に保管されたまま名義変更される
- 中部水産は購入後1週間程度でA社に代金を支払い、商品をA社倉庫で半年程度保管する
- 中部水産からB社への販売は、A社からの連絡に基づいて行われる
- B社は、A社倉庫に保管されたままの商品を中部水産から購入し、すぐにA社に売り戻す
この取引は2019年2月頃から始まり、A社が作成した「管理表」によって管理されていました。管理表には取引日、商品情報、価格などが記載され、取引の都度更新されていました。
A社取引開始の動機について、A社の専務取締役であるa2氏は資金繰りのためであったと説明しています。A社は当初、仕入先への支払いのための資金繰り目的で循環取引を開始し、その後、会社の運転資金を調達する目的で架空取引も行うようになりました。
特別調査委員会の調査により、A社による循環取引は遅くとも2015年7月から開始され、2023年11月まで継続されていたことが判明しました。また、架空取引の期間は遅くとも2015年7月から2023年8月25日までであると判断されました。架空取引の金額は、2023年11月末日時点で実在性を確認できない在庫の金額だけでも、総額6億1064万6960円(税別)に達しています。
中部水産がこの取引の販売先として選ばれた理由として、中部水産が早期の支払いに応じていたことが挙げられます。中部水産では、原則の支払サイトについて柔軟な運用がされており、早期の支払いを容易に実現できる状況にありました。
特別調査委員会は、A社取引が循環取引であり、その一部が商品の実在しない架空取引であったと認定しました。しかし、中部水産の担当者や上長らは、この取引が循環取引や架空取引であることを認識していなかったと判断しています。
調査の結果、中部水産の営業担当者である冷凍加工品部塩冷加工品1課のx1課長は、A社取引が架空取引や循環取引であるとは知らずに取引を継続していたものと認められました。また、中部水産の脇坂社長を含むx1課長の上長らについても、同様に取引の不適切性を認識していなかったと判断されました。
結論として、特別調査委員会は、中部水産がA社により仕組まれた循環取引に巻き込まれたものであり、中部水産営業担当者及びその上長らは循環取引であるとの認識はなく、また、架空取引であるとの認識もなく売買代金相当額を騙し取られたとの結論に至りました。
G社事案の事実関係
G社事案は、当社従業員x4部長のアンケート回答をきっかけに発覚しました。この事案は、G社が主導する循環取引に中部水産が関与していたというものです。
事案の概要は以下のとおりです。
- 2023年7月頃から12月頃までの間、G社は水産物C又は水産物Dを当社とH社を経由して、自社に還流させる循環取引を行っていた
- 2023年12月から2024年2月頃までは、H社の代わりにI社又はJ社を経由した循環取引を行っていた可能性がある
特別調査委員会は、G社事案が循環取引であると判断した根拠として、以下の点を挙げています。
- 本件のI社取引において、I社がG社に商品の一部を売り戻していること
- G社がI社取引開始時にI社とx4部長に対して説明した内容に相違があること
- 本件のH社取引が2023年7月以降、毎月定期的に行われ、金額も次第に増加していったこと
- x4部長が商品の還流について確認した際、g1社長(G社の社長)が「(H社からG社に)戻るよ」と発言したこと
G社事案は、外部の営業倉庫内の商品について行われた取引であり、A社事案とは異なり、架空取引とは判断されませんでした。しかし、特別調査委員会は、いずれの販売先に対する取引も循環取引を構成する不適切な取引であったと認定しています。
取引の具体的な流れは以下のとおりです。
- G社から中部水産への持ちかけにより、中部水産がG社から水産物Dを名義変更取引で仕入れる
- 約2ヶ月後、中部水産はG社の指示通りにH社に商品を販売する
- その後、同様の取引が繰り返され、取引件数は次第に増加する
x4部長は当初、この取引が通常取引だと認識していましたが、2023年11月下旬頃、リスク管理委員会の資料を見たことをきっかけに、本件H社取引が循環取引である可能性に気づきました。x4部長はG社に確認し、循環取引であると判断して本件H社取引を終了させましたが、上長には報告しませんでした。
その後、G社は再び中部水産に取引を持ちかけ、x4部長は循環取引の可能性を認識しつつも、自身の営業成績のために本件J社取引及び本件I社取引に応じました。
特別調査委員会は、本件G社事案全体が循環取引であり、不適切な取引であったと結論づけています。
発生原因
A社事案とG社事案は、中部水産が他社の循環取引に巻き込まれた事案ですが、中部水産がこれらの取引に巻き込まれた原因は、以下のとおり中部水産の管理上の問題と経営者の対応に起因しています。
事案の予防ができなかった原因
牽制機能が発揮できる体制にないこと
- 配置転換による不正防止に代わる対策が講じられていなかった
- 組織的な業務運営が不十分で、上司が部下の職務内容を正確に把握できていなかった
- 循環取引を注視する体制が整っていなかった
研修等の教育の機会が乏しいこと
- 入社以降、循環取引を含む不適切取引に関する研修が実施されていなかった
- 過去の循環取引事例が社内で共有されておらず、教訓として活用されていなかった
各事案への関与を防げなかった原因
- 早期支払の要請に対して特段の注意を払わず、管理部門からの牽制も行われていなかった
- 販売先のニーズや商品購入の理由を確認せず、仕入先からの情報にのみ依拠して取引を行っていた
- G社事案では、x4部長が循環取引の可能性に気づいても上長に報告せず、その後も取引を継続した
早期発見に至らなかった原因
- A社事案では、取引先とのコミュニケーション不足により、長期間にわたり循環取引が継続していた
- x1課長やx2取締役が、B社側と特段コミュニケーションを取らず、A社との取引についても十分な確認を行っていなかった
社内管理上の問題と経営層の責任
これらの発生原因は、当社の管理上の問題と、それに対して有効な対策を講じてこなかった経営者の責任に帰するものです。特に以下の点が指摘されています。
- 監査上の主要な検討事項として名義変更取引や循環取引に言及されていながら、内部監査で特段の対策を講じていない状況を放置してきたこと
- リスク管理委員会での深度ある議論を促していなかったこと
- 社内ルールの周知不徹底を看過していたこと
- 販売先とのコミュニケーション不足を認識しながら有効な対策を講じていなかったこと
- 配置転換以外の方法による不正防止策として最も有効と思われる管理部門の強化を行っていないこと
不正のトライアングル
不正のトライアングルの観点から、調査報告書をもとに、明らかな不正ではなかったものの、x4部長が循環取引の可能性を見過ごしてしまった要因をあらためて以下のようにまとめてみました。
動機・プレッシャー
x4部長は、G社との取引が自身の営業成績に繋がることから、循環取引の可能性を認識しながらも、取引に応じたという供述をしています。これは、営業目標達成のプレッシャーが、x4部長の判断に影響を与え、循環取引の危険性を軽視させてしまった可能性を示唆しています。
正当化
x4部長は、G社案件のI社取引については、商品は名義変更ではなく出庫予定と聞いていたので、循環取引でない可能性があると考えたと供述しています。また、J社取引については、名義変更だったため循環取引の可能性があると思いつつも、深く追及することはしなかったとも述べています。
これは、x4部長が、自身の行動を「名義変更は循環取引ではない」という認識に基づいて正当化していたことを示唆しています。
機会
G社は、決済が早い取引を希望し、x4部長は、G社から示された手数料も特段高くも低くもなく、取引先から早期の支払を求められることは珍しいことではないため、通常取引だという認識のもと、取引に応じました。この状況は、x4部長にとって、循環取引を疑うことなく取引を進めてしまう機会を提供したと考えられます。
上記に加え、x4部長は、循環取引に対する研修等の教育の機会が久しく持たれていないことを指摘し、過去に循環取引ではないかとされた事例について、当社の研修等で共有されたこともないことを述べています。これは、x4部長が、循環取引に関する知識や倫理観を十分に習得できていなかった可能性を示唆しています。