【アビスト】教育訓練装い助成金不正受給

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第三者委員会等調査報告書の要約

 株式会社アビストが静岡労働局に申請した2020年4月~2022年3月分の新型コロナウイルス関連の雇用調整助成金(以下「雇調金」)について、申請内容への疑義が指摘されました。

 静岡労働局の調査により一部不適正な申請が認められ、静岡・浜松両事業所の支給決定が取り消されましたが、それに先駆けてアビストは社内調査チームを組成し、全事業所の2020年4月~2022年7月分の申請を調査したところ、同様の不適正申請が複数事業所で確認されました。

 受給総額が2億5,000万円超と大規模であることから、客観的な事実確認、原因究明、再発防止策の提言のため、特別調査委員会を設置し、詳細な調査を実施することになりました。

 この記事では、アビストが公表した特別調査委員会の調査報告書に記載されている不正の内容、発生原因に焦点を当てて要約しています。

※詳細は株式会社アビスト特別調査委員会「調査報告書」(PDF)をご確認ください。

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会社概要

  • 資本金:10億2,665万円
  • 従業員数:1,271名(2023年9月末現在)
  • 事業内容:設計開発アウトソーシング事業、3Dプリント事業、美容・健康食品製造販売事業、不動産賃貸業
コーポレートガバナンス体制

取締役会:原則として月1回開催
・2020年9月期:代表取締役社長1名・取締役6名(うち社外取締役2名)
・2021年9月期:代表取締役社長1名・取締役7名(うち社外取締役3名)
・2022年9月期:取締役(監査等委員である取締役を除く)6名、監査等委員である取締役4名、計10名
・2023年9月期及び2024年9月期:取締役(監査等委員である取締役を除く)5名、監査等委員である取締役4名、計9名

監査役会:監査等委員会:2022年12月体制変更、原則として月1回開催
・監査役会:常勤監査役1名、非常勤監査役2名(社外監査役)
・監査等委員会:常勤監査等委員1名、非常勤監査等委員3名(独立社外役員)

バリュー定例会議:経営・業務執行にかかわる全般的な重要事項の方向性や方針の確認・報告等。おおむね毎日開催。バリュー定例会議は、おおむね毎日開催されており、代表取締役社長、常勤取締役及び営業部門・管理部門執行役員で構成。

リスク管理委員会:原則3か月に1回開催。代表取締役社長、バリュー定例会議メンバー等で構成。

コンプライアンス委員会:原則3か月に1回開催。総務部長、総合企画部長、経理部長、広報部長、システム管理課長、総合企画課長、経理課長で構成。

情報セキュリティ委員会:原則3か月に1回開催。管理責任者、事務局、IS部門責任者他による委員で構成。

雇調金制度の概要

 雇調金は、事業主が従業員の雇用維持のために実施する休業や教育訓練に対して支給される助成金です。2020年4月~2022年11月までの緊急対応期間中は、新型コロナウイルス感染症の影響による特例措置が設けられました。

支給要件

事業活動の縮小要件
  • コロナ特例により、最近1か月の売上高等が前年同月比5%以上減少
教育訓練の実施要件
  • 労使協定に基づく実施
  • 所定労働日の所定労働時間内での実施
  • 事業所の休業規模が所定労働延日数の1/30以上
  • 生産ラインや就労場所と区分された実施
  • 受講者本人による教育訓練日報等の作成
書類の整備要件
  • 教育訓練計画書
  • 教育訓練の実施状況を確認できる書類
  • 受講者が作成したレポート等
  • 講師の知識・経験を証明する書類

支給申請に関する重要事項

  • 支給対象期間終了後2か月以内に申請
  • 支給決定から5年間の書類保存義務
  • 不正受給の場合は返還・加算金納付・企業名公表の可能性

不正受給に該当する場合

  • 故意に虚偽の申請を行った場合
  • 支給要件を満たさない申請を行った場合
  • 教育訓練の実態がない場合

コロナ特例による緩和措置

  • 支給要件の一部緩和
  • 助成率の引き上げ
  • 教育訓練加算額の増額

勤怠・受託業務管理及び教育訓練の概要

勤怠・受託業務管理

請負業務(受託型)
  • e就業での勤怠管理
  • B日報での受託案件の作業時間記録
  • A日報での「アビスト時間」(受託業務以外の時間)記録
請負業務(常駐型)
  • e就業での勤怠管理
  • 東京受託室・みなとみらい分室のみA日報・B日報作成
派遣業務
  • e就業での勤怠管理
  • 客先日報での業務時間記録

教育訓練

新卒教育
  • 通常時:4-5月の2か月間実施
  • コロナ禍:一部リモートで実施、配属遅延で教育期間延長
待機者教育
  • 通常時:次の案件配属まで必要な研修を実施
  • コロナ禍:待機者・待機期間増加で教育機会も増加
受託業務の合間の教育
  • 通常時:受託業務の状況に応じて随時実施
  • コロナ禍:受託業務減少により教育機会増加
  • 「OJT教育」または「OJT研修」として実施

特徴的な点

  • 教育訓練実績の記録を残す慣行がなかった
  • インストラクター社員による対面での教育が基本
  • コロナ禍でも基本的に対面での教育を継続
  • 教育訓練の実施時間や内容の明確な区分がなかった

2020年4月~6月分雇調金申請に至る経緯

 2020年4月、丸山取締役から総務部長に対して、リーマンショック時の雇調金受給実績が共有されました。これを受けて総合企画部では、新卒配属遅延の補填策として雇調金申請の検討を開始しました。当初は売上減少要件を満たさないと判断されていましたが、その後の検討で申請可能との判断に変わりました。

 5月に入り、売上高5%減少の要件や休業規模要件(所定労働日数の1/30以上)について確認が進められました。顧問社労士との打合せでは、教育訓練に関する重要な要件が確認されました。具体的には、OJTは対象外となるものの、過去業務を題材とした実践教育は対象となる可能性があること、また受講者本人による受講証明書類が必要となることが示されました。

 6月~8月、具体的な申請準備が進められ、休業および教育訓練協定書の締結、対象事業所の選定が行われました。教育訓練対象者については、新卒者を優先しつつ、売上4時間未満の社内配属者を選定するという基準が設けられました。教育訓練日報等の作成では、受講者本人作成の原則が十分に徹底されず、また勤怠記録との整合性確認も不十分なまま、提出期限に追われる形で書類作成が進められました。

 8月26日、4月~6月分の一括申請が顧問社労士経由で提出されましたが、この初回申請の過程では、所管部署や責任体制が不明確であったこと、制度理解が不十分なまま申請が開始されたこと、短期間での書類作成を余儀なくされたこと、さらに教育訓練の実態確認が不十分であったことなど、様々な課題が存在していました。こうした初期段階での不備は、その後の申請にも影響を及ぼすことになりました。

2020年7月分以降の雇調金申請状況

 2020年7月分以降の雇調金申請について、以下のようなフローが確立されました。

 総務部が各事業所の売上高から生産指標要件を確認し、休業規模要件を満たすために必要な教育訓練日数を算出します。その後、拠点統括者と拠点責任者が教育訓練日数を確認し、要件を満たす事業所を確定します。

 各事業所では、教育訓練計画と教育訓練日報を事後的に作成します。この際、教育訓練の実施から2か月後に書類作成を行うという運用が常態化しました。また、労働局からの指摘を受け、教育訓練日報には本人の押印と具体的な実施内容の記載が求められるようになりました。

 しかし、このフローには複数の問題が発生しました。2020年12月には、京都営業所から「業務をしながらの教育も教育訓練に含めてよいか」という質問が提起されました。

 また、2020年9月以降、複数の労働局から教育訓練内容の実態がわかる資料についての指摘がありました。特に広島労働局からは「自席での研修を教育訓練として認めることはできない」との指摘を受け、2020年7-8月分の申請が不支給となりました。

 2022年には静岡労働局から教育訓練を実施している場所のレイアウト図の提出を求められ、申請要件の見方が厳格化されていきました。これにより静岡事業所は2022年4-5月分の申請を取り下げることになりました。

 これらの問題点や労働局からの指摘について、社内での検証は不十分でした。取締役会やコンプライアンス委員会等の内部統制機関への報告も、状況説明にとどまり、具体的な議論や提言はなされませんでした。

 このように、確立された申請フローは形式的な書類作成の手順を整えることはできましたが、教育訓練の実態と申請内容の齟齬、各種要件への適合性確認の不備、問題点の組織的な検証不足など、実質的な課題を抱えていたことが明らかになりました。

静岡労働局の指摘後の対応

 2024年1月31日、静岡労働局から申請内容に疑義があると連絡を受けたアビストは、顧問社労士を窓口として対応を開始しました。その後、浜松・静岡両事業所における雇調金申請期間に関する労働者名簿の提出を求められ、3月に労働局によるアンケート調査が実施されました。

 5月に自主点検の結果を提出後、6月に静岡事業所への訪問調査が行われ、以下の疑義事項が指摘されました。

  • 受講者が講師を兼ねているケース
  • 講師の年次有給休暇取得日の教育研修
  • 他者が作成した受講レポート
  • OJTの助成対象外
  • 教育訓練中の講師不在

 さらに8月には講師不在のケースが追加で指摘され、浜松事業所で10件、静岡事業所で12件あったことが判明しました。アビストは静岡労働局の指摘を受け入れ、8月30日に申立書を提出し、9月26日に約1,563万円の返納を実施しました。

 これらを受けて9月11日、アビストは社内調査チームを発足させ、他の事業所についても調査を開始しました。その結果、静岡労働局指摘の問題と同様の事象が他の事業所でも確認されました。

 10月以降、アビストは東京、栃木、神奈川、愛知、京都、福岡の各労働局に連絡を取り、自主調査結果の報告方法について確認しました。また10月29日には特別調査委員会を設置し、翌30日に適時開示を行い、雇調金の自主返還実施と決算発表延期を公表しました。

 なお、この間のリスク管理委員会やコンプライアンス委員会での議論は、状況報告にとどまり、具体的な議論や提言はなされませんでした。取締役会でも9月11日まで本件について報告されることはありませんでした。

雇調金に係る事実認定

 調査の結果、全事業所において書類の整備等の義務違反が確認されました。具体的には、教育訓練と通常業務の区分を示す書類、教育訓練実績を確認できる書類、受講者本人が作成した証明書類などが不十分でした。

 各事業所での主な要件欠如は以下のとおりです。

東京事業所:
 教育訓練日報の代理作成、講師不在時の教育訓練、受講者の講師兼務、通常業務との未区分、非被保険者の受講者登録などが確認されました。特に東京受託室では、取引先への請求時間に関係なく教育訓練として申請する事例があり、不正受給の可能性が認められました。

浜松事業所:
 教育訓練日報の時間を意図的に修正した事例が確認され、不正受給の可能性が認められました。ただし、これはOJTも教育訓練に含まれるという誤解に基づくものでした。

名古屋事業所:
 受託室において売上基準で教育訓練対象者を選定し、教育訓練の実態と異なる申請を行っており、不正受給の可能性が認められました。

広島事業所:
 受託チームにおいて体調不良者を含めた不適切な申請が行われ、不正受給の可能性が認められました。また、自席での研修について労働局から不支給決定を受けています。

その他の事業所(海老名、宇都宮、静岡、京都、福岡):
 要件欠如は確認されましたが、不正受給に該当するとは認められませんでした。

 いずれの事業所においても、担当者や責任者に積極的な不正の意図は認められませんでした。要因として、教育訓練制度への理解不足、申請期限に追われた対応、社内での独自基準の常態化などが挙げられます。

 また、取締役らは雇調金を営業外収益として認識し、その申請手続きへの関心が薄く、要件欠如や問題点についての認識・関与は確認されませんでした。

取締役の認識・関与の有無

 アビストの取締役の雇調金受給に関する認識と関与について調査が行われました。

 回覧等の資料調査では、丸山取締役から総務部長への2020年4月のTeamsメッセージ(リーマンショック時の受給実績に関する内容)以外に、取締役からの特段の指示等は見つかりませんでした。また、関係者へのヒアリングでも、取締役からの指示があったとの証言は得られませんでした。

 対象事業を統括していた柴山憲司常務取締役は、バリュー定例会議や取締役会で雇調金の受給総額の報告は受けていましたが、営業外収益であり事業への影響が相対的に低いと認識していました。また、雇調金への対応は各部署で実施されているものと認識しており、要件欠如や問題点については認識も指示もしていなかったとしています。

 他の取締役(進勝博氏、進顕氏、丸山範和氏)についても、従業員に対して雇調金申請に関する特段の指示等は行っておらず、要件欠如や問題点について認識・関与がなかったことが確認されました。

 取締役らの供述内容は、関係者の供述や客観的資料とも整合しており、取締役らに雇調金を不正受給しようという動機は認められませんでした。これは、取締役らが雇調金を営業外収益と認識し、各事業拠点の売上に対する影響が小さいと考えていたためと考えられます。

発生原因の分析

 アビストの雇調金申請問題の発生原因について、時期別の分析から重要な問題点が明らかになりました。

 2020年4月から9月の初期段階における最大の問題は、雇調金制度に対する根本的な理解不足でした。社内に十分な法的知識を持つ者がおらず、労働局や顧問社労士への事前確認も適切に行われませんでした。

 また、所管部署や責任体制が不明確なまま申請が開始され、職務権限規程にも明確な規定がなかったことから、誰がどのような権限と責任を持つのかが曖昧なままでした。さらに、総務部から各部門への情報伝達が不正確となり、誤った解釈が社内に広がってしまいました。

 特に「OJT教育」という用語の解釈をめぐって混乱が生じ、本来対象とならない教育訓練まで申請に含まれてしまう結果となりました。申請期限に追われる中で、教育訓練の実態確認が不十分なまま書類作成が進められたことも、重大な問題でした。

 2020年10月以降は、申請フローは一定程度確立したものの、新たな問題が発生しました。受給要件への適合性を確認する手順や責任主体が依然として不明確であり、各部署が独自の解釈で申請を続ける状況が続きました。教育訓練計画や日報を事後的に作成する運用が常態化し、実態との乖離が拡大していきました。

 また、労働局からの指摘事項について、該当部署での個別対応にとどまり、全社的な問題として共有・検討されることがありませんでした。この時期には、自席での研修を教育訓練として認めないとする労働局からの指摘や、教育訓練場所のレイアウト図提出要請など、より厳格な要件確認が求められるようになりましたが、それに対する組織的な対応も不十分でした。

 さらに深刻な問題として、組織全体でのコンプライアンス意識の鈍麻が認められました。取締役会では雇調金を単なる営業外収益として捉え、その申請手続きへの関心が薄く、問題点の共有も不十分でした。

 内部統制の要となるはずのリスク管理委員会とコンプライアンス委員会は形骸化し、実質的な議論や改善提案を行う場として機能しませんでした。監査室の内部監査機能も十分に働かず、問題のある申請が継続的に行われる状況を把握できませんでした。

 また、内部通報制度も有効に機能せず、現場レベルで認識されていた問題点が経営層に届かず、早期発見・是正の機会を逃す結果となりました。

 この事案は、公的助成金申請における内部統制の重要性を明確に示す典型的な事例となりました。制度理解の徹底、明確な責任体制の構築、実効性のあるチェック体制の整備、そしてコンプライアンス意識の全社的な向上が、今後の再発防止に向けて必要不可欠であることが浮き彫りになりました。

 特に、営業外収益であっても公的資金である以上、その取り扱いには慎重を期すべきという基本的な認識の欠如が、様々な問題の根底にあったと考えられます。

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