京都機械工具株式会社は、完全子会社の北陸ケーティシーツール株式会社の社長から仕掛品在庫の大幅減額と不適切な会計処理の申告を受けて、調査を開始しました。
その調査過程で取締役らの関与や他の資産における不適切処理、京都機械工具の監査等委員の対応不備などの疑義が判明し、外部専門家による特別調査委員会を新たに設置して、事実関係の究明と再発防止に取り組むこととなりました。
この記事では、京都機械工具が公表した特別調査委員会の調査報告書に記載されている不適切会計の内容、発生原因に焦点を当てて要約しています。
※詳細は京都機械工具株式会社特別調査委員会「調査報告書」(PDF)をご確認ください。
会社概要
京都機械工具株式会社
- 資本金:1,032,088千円(2025年3 月31日現在)
 - 連結売上高:8,428,569千円(2024年3月期)
 - 従業員数:198人(2025年3月31日現在)
 - 事業内容:工具事業、ファシリティマネジメント事業
 
コーポレートガバナンス体制
- 取締役会:取締役(監査等委員である取締役を除く)5名及び監査等委員である取締役3名にて構成(2024年6月27日現在)され、原則月1回開催
 - 監査等委員会:社外取締役2名を含む3名の監査等委員で構成(2024年6月27日現在)され、原則月1回開催
 - 指名委員会及び報酬委員会:3名以上の取締役で構成(その半数以上は社外取締役)
 - 経営会議:取締役(社外取締役は任意)及び執行役員(議案による)が出席し、社長執行役員を議長として原則月3回開催
 - 内部統制委員会:内部監査部担当役員を委員長として原則月1回開催
 
北陸ケーティシーツール株式会社
- 資本金:57,000千円(2025年3月31日現在)
 - 売上高:787,735千円(2024年3月期)
 - 従業員数:44人(2025年3月31日現在)
 - 事業内容:自動車専用工具及び一般作業工具の製造販売、精密鋳造品の製造販売、金属プレス品の製造販売
 
コーポレートガバナンス体制
- 取締役会:規程上、取締役全員にて構成され、原則として3か月に1回開催
 - 監査役:2017年1月~2025年5月において監査役は1名で、京都機械工具の監査等委員が兼任
 
調査により判明した不適切な会計処理
京都機械工具の子会社である北陸ケーティシーツール(以下「北陸KTC」)において、過年度にわたり組織的な不適切な会計処理が行われていました。
この不正は、棚卸資産の過大計上により営業利益を水増しするという手法で行われ、期末棚卸高を過大に計上することで売上原価を減少させ、結果として営業利益を増加させるという仕組みでした。
2020年3月期以前の不適切な会計処理(2020年事案)
不正の実態
精密鋳造部門における不正
- 2017年3月から、甲社向け製品について標準原価を売価の90%にまで引き上げる「標準原価初期操作方法」により仕掛品を過大計上
 - 2017年4月及び5月、森田氏(北陸KTCの元代表取締役、元監査役、京都機械工具の元取締役常勤監査等委員)、B氏(北陸KTCの元取締役・元工場長)、E氏(北陸KTCの元取締役、顧問)の指示により、月次決算用報告資料の仕掛品金額を直接操作する方法で過大計上
 - 2017年9月~2018年8月、仕掛品の数量を大幅に過大計上
 - 2018年9月、原価差異配賦前後で数量を一桁増加させ、さらに標準原価を一律40円上乗せ
 
メタル部門における不正
標準原価を一律上乗せすることにより仕掛品を過大計上していました。
隠ぺい工作
「○特」なる方法による隠ぺい
架空の生産実績を作り出し、実際には存在しない仕掛品の生産量を増やすことで、帳簿上の架空在庫を解消し、実地棚卸時に架空在庫が発覚しないよう工作していました。
棚卸原票の改ざん・捏造
- 実地棚卸の際、棚卸原票を改ざんまたは捏造することで、実際の在庫数と帳簿上の数字を一致させる工作を行っていた
 - 会計監査人の抜き取り検査対象となっている品番には付箋が貼られていたため、付箋のない品番について数量を過大計上
 
京都機械工具による2020年調査の問題点
2019年に異常に気付いた京都機械工具は北陸KTCに対して調査を実施しましたが、この調査には重大な欠陥がありました。
調査の不十分性
- 調査担当の山﨑氏(京都機械工具 の元常勤監査等委員)による調査は表層的なものに留まり、森田氏に対するヒアリングは未実施
 - 「会計ルールの適用ミス」という誤った結論で決着をつけた
 - 性善説的な発想に基づく調査により、正確な事実関係の確認ができないまま調査を終結
 
この不十分な調査により、異常な計上額の真因が究明されず、不正を許す環境が温存される結果となりました。
2020年3月期以降の不適切な会計処理(2025年事案)
不正の再開と実態
2020年4月にA氏(北陸KTC の前代表取締役)が北陸KTCに常駐を開始した後、同氏の主導の下で不適切な会計処理が再開されました。
全部門における月次の棚卸資産過大計上
- A社長の指示により、月次決算において棚卸資産を意図的に過大計上する組織的な不正
 - 取締役や部長、課長クラスの従業員を含む複数人による組織ぐるみの継続的な不正
 
精密鋳造部門における仕掛品の二重計上
誤って二重計上した仕掛品をそのまま計上し続けることで、営業利益を過大計上していました。
検査不合格品の仕掛品計上
- 本来であれば除却・廃棄すべき検査不合格品を、意図的に仕掛品として計上し続けることで損失処理を回避
 - 通常、検査不合格品は赤箱に取り分けられ生産管理システムから除外されるが、意図的に棚卸の対象にした
 
工具・メタル部門における不適切な会計処理
除却相当の棚卸資産を計上し続けることで営業利益を過大計上していました。
森田氏による隠ぺい行為
特に重大な問題として、京都機械工具の常勤監査等委員かつ北陸KTCの監査役であった森田氏が、不正の隠ぺいに関与していました。
2024年9月の隠ぺい指示
- 2024年9月、北陸KTCのC取締役から月次の在庫評価額を操作していたが決算で取り繕えないとの相談を受けた際、森田氏は監査等委員・監査役としての職責を果たすどころか、隠ぺいを指示
 - 仕掛品の棚卸明細の工程操作、仕掛品の数量過大計上、原材料の単価・数量の過大計上といった隠ぺい行為を実施
 
自己監査の問題
- 森田氏は北陸KTC社長を退任後、直ちに京都機械工具の監査等委員兼北陸KTCの監査役に就任
 - 自身が業務執行を行っていた時期の不正について監査する立場となったことによる、監査の独立性・客観性の欠如
 
在庫管理の内部統制上の問題点
実地棚卸の形骸化
実地棚卸から会計帳簿への反映プロセスの問題
- 実地棚卸の結果を会計帳簿に反映する過程のおける管理部のチェックがない
 - 棚卸リストや棚卸原票を改ざんすることで容易に棚卸資産残高を操作できる環境
 
タグコントロールの不備
- 北陸KTCの実地棚卸ではタグコントロールが適切に行われておらず、京都機械工具の内部監査部門によるモニタリングもなかった
 - 実地棚卸に立ち会った際に棚卸明細の提出が求められないため、会計データを操作しても発覚しないというA社長の認識があった
 
月次簡易棚卸の問題
予測値の容認
- 月次の簡易棚卸では予測値を含めた棚卸資産の算定を事実上許容
 - 計算がズレている場合でも、半期ごとの実地棚卸時に数字を合わせればよいという取り扱いの横行
 
生産管理システムの限界
- 月次及び実地棚卸時の在庫管理・評価は手作業で行われていたため、改ざんが容易
 - 生産管理システムと会計データは機械的に非連携、かつエクセルベースの在庫管理を併用
 
標準原価計算の管理不備
標準原価改定権限の問題
- 現生産管理システム上、標準原価の更新権限を有するのはA氏(北陸KTC の前代表取締役)、C氏(北陸KTC の取締役管理本部長)ほか一部の管理部職員のみで、代表取締役の承認フローは存在せず
 - 管理部において、製造部門で作成する棚卸明細上の標準原価が修正されていないかについて、チェック手続が未整備
 
原因分析
北陸KTCでは、2020年3月期までの間、仕掛品在庫の過大計上という不適切な会計処理が行われ、その後一度は清算されたものの、2020年10月以降に同様の不正が再開されました。
2020年事案は森田氏が社長時代に容認し、2025年事案はA氏が社長として主導したもので、約8年間にわたり不適切な会計処理が継続されていました。
不正を許す環境の常態的存在
メタル事業の赤字問題と京都機械工具からの営業黒字達成プレッシャー
京都機械工具による子会社管理は業績管理、特に営業利益とキャッシュ・フローが重視され、北陸KTCの社長は月次の営業黒字達成について常にプレッシャーを感じていました。
北陸KTCは、50年以上の歴史を持つ主力子会社として独立採算での成果を求められていましたが、2016年に引き取ったメタル事業の赤字が重荷となり続けていました。
親会社からの営業黒字達成要求と従業員からの賞与支給・待遇改善要請の板挟み状況が、一時的にでも見た目上の営業利益を改善させたいという動機を生み、不正を自己正当化する事情となりました。
在庫管理に関する内部統制の不備
月次の簡易棚卸では予測値を含めた棚卸資産の算定が事実上許容され、半期ごとの実地棚卸で数字を合わせればよいという取り扱いが横行していました。
生産管理システムは各製造ロットの工程管理に使われるだけで、在庫管理は手作業で行われていたため改ざんが容易でした。
実地棚卸でのタグコントロールが適切に行われず、KTCの内部監査部等によるモニタリングも一切なされていませんでした。
管理部門からの牽制・内部監査の不在
2020年事案では工場長と管理部長を兼任したB氏が主導的役割を担い、2025年事案では管理部門長のC氏が不正行為に協力していました。北陸KTCには内部監査部門が存在せず、親会社からの支援も不十分でした。
北陸KTCの隠ぺい体質
多数の関係者が不正を知りながら、誰も告白しようとしませんでした。調査委員会の調査中も、証拠を示されるまで事実を隠そうとする者や不正の認識を否定する者が多く見られました。
閉塞感・孤立感の存在
京都機械工具本社との往来やコミュニケーションが少ない中で生じる閉塞感・孤立感、グループ内で対等な地位を有する仲間として認められていないというコンプレックス、京都機械工具から支援の手が差し伸べられず冷たく突き放されているという感覚が、親会社への告白をためらわせていました。
2020年事案への対応の不足
2020年調査の不十分性
2020年調査時の山﨑氏らによる調査は不十分で、根本的な原因究明はおろか表層的な原因にも辿り着いていませんでした。
「まさか不正が存在するなど考えていなかった」という性善説的発想に基づく調査により、正確な事実関係の確認ができないまま調査を終結させました。
もし正確な事実調査と原因分析が実施されていれば、北陸KTCに適切な内部統制を実装し、2025年事案の発生を防げた可能性が高いものでした。
しかし、うやむやな会計処理によって事態が収束されたことで、北陸KTC側には「不正を行っても厳しい追及はない」という誤った成功体験が形成され、不正を許す環境が温存されてしまいました。
上場会社としての基本対応の欠如
京都機械工具の取締役らには上場会社として当然求められる不祥事対応の基本についての理解が不足していました。
北陸KTC単体で約9000万円もの損失を生じさせた不祥事であったにもかかわらず、詳細な事実関係の調査や報告を指示せず、山﨑氏からの報告を鵜呑みにし、経営会議や取締役会での詳細報告や徹底討議を求めませんでした。
多くの取締役が「会計に一番詳しいのは経理出身の山﨑氏」として安易に調査及び会計処理を山﨑氏に一任していました。
業績が好調だったため会計監査人が処理を認めれば大きな問題ではないと考えていましたが、不正の兆候を検知して必要な調査を尽くす責任は会社にこそ存在することを忘れていました。
北陸KTCの経営に対する戦略の欠如
不採算部門の押し付けと事業ポートフォリオマネジメントの検討不足
京都機械工具は北陸KTCに独立採算での成長を期待する一方、北陸KTCを「生産拠点のひとつ」「地方工場のようなもの」と位置づけていました。
北陸KTC側の役職員は、京都機械工具の生産現場から「外注さん」として下に見られ、グループ内で対等な地位を認めてもらえていないと感じていました。
北陸KTCは、京都機械工具の決定のもとにメタル事業を引き継ぎましたが、同事業は約10年間赤字続きでした。親会社のコア事業のサプライチェーンとして位置づけられるため、北陸KTCには事業から離脱する自由が事実上存在しませんでした。
メタル事業の赤字が北陸KTCの収益を圧迫し、不正の動機につながりました。京都機械工具の取締役会は、コア事業とノンコア事業を冷静に切り分ける事業ポートフォリオマネジメントの検討が薄く、判断が遅きに失したと言わざるを得ません。
北陸KTCへの支援不足
京都機械工具は北陸KTCに対して、生産管理、業績管理、リスク管理・財務報告に関する内部統制の管理の3種類の管理を徹底すべきでしたが、的確な支援を行っていませんでした。
生産管理では根本的な問題解決に取り組まず、業績管理では営業利益とキャッシュ・フロー中心の報告を求めるのみでした。リスク管理や財務報告の内部統制管理については放任主義が目立ちました。
子会社管理の必要性と業務プロセス評価の対象範囲
北陸KTCは財務報告に係る内部統制の評価上、重要な事業拠点とされず、棚卸資産に係る業務プロセスは評価対象外とされていましたが、これは単なる言い訳に過ぎません。2020年事案の経緯を考慮すれば、少なくとも業務プロセス評価の対象として検証を行っていくべきでした。
京都機械工具のコーポレートガバナンス上の問題点
執行と監督の分離への理解不足
京都機械工具は2017年6月に監査等委員会設置会社へ移行しましたが、その理由は社外役員の人数不足への対応という消極的なものであり、執行と監督の分離を指向したものではありませんでした。
実際、取締役会は社外取締役監査等委員に経営会議への出席を希望し、2020年事案の際にはKTCの監査等委員である山﨑氏に対応を丸投げしていました。森田氏は監査等委員でありながら業務執行目線での助言を繰り返し、2025年事案では自ら不正の隠蔽を実行しました。
監査機能の軽視
常勤監査等委員の選任にあたって、常務取締役以上のポジション経験者が社長にならない場合の充て職として扱う慣行があり、専門性に着目しない選任が続けられていました。事前のトレーニングや前任者からの引継ぎも実施されず、監査の質は就任者の個人的素養に依拠する状況でした。
監査等委員については、取締役候補者のようなスコア化した評価軸や計画的な教育がなく、前任者からの引継ぎや就任直前の研修も実施されないため、自力で監査の手法を勉強するしかない状況に陥っていました。
社外取締役の役割が十分に果たされていなかった
京都機械工具の役員構成は自社生え抜きの人材で固められ、純粋な外部人材や女性人材の起用もなく、現職の2名が20年あるいは15年という長期間にわたって社外役員に起用されているのみでした。
人材の多様性が確保されておらず、社外役員の任期が過度に長期となったことで独立性・第三者性が失われ、社内の人材との同質性が生じていました。
2020年事案について2名の社外取締役監査等委員は、山﨑氏の説明を漫然と受け容れてしまい、徹底調査を実行する契機を逃しました。
執行と監督の分離といったコーポレートガバナンスの基本について、経営陣や取締役会の理解が不足していることを指摘し、あるべき思考や行動を教示することも期待されていましたが、その期待に応えることはありませんでした。
  
  
  
  