株式会社電業社機械製作所は、2024年2月13日に、社内で印章の管理が不十分で不正利用があった疑義と、その不正利用が発覚後も取締役会への情報伝達が不備だった疑義が確認されたため、特別調査委員会を設置しました。その後、同年3月11日に、東北支店における別の案件で原価計上時期を遅らせた疑義が確認され、調査範囲が拡大されました。
この記事では、同社が公表した特別調査委員会の調査報告書に記載されている不正事実の内容や発生原因に焦点を当てて要約しています。
※詳細は株式会社電業社機械製作所特別調査委員会「調査報告書」(PDF)をご確認ください。
主な事業内容
株式会社電業社機械製作所の主要な事業は、上下水道設備、農業用設備、雨水排水設備などで使用される各種ポンプの生産と、発電プラント、石油精製プラント、化学プラント、道路トンネル換気設備などで使用される各種送風機の生産です。さらに、これらのポンプ・送風機を現場に据え付ける工事も行っています。
受注形態としては、発注者から直接入札等で受注する場合と、他の事業者(代理店)が発注者から元請受注した案件を下請受注する場合があります。当社が据付工事を受注した場合は、案件ごとに下請工事業者を選定し、当社の管理下で施工させています。
顧客層としては、官公庁の割合が大きく、2022年度の生産実績・受注実績・販売実績のいずれにおいても、官需部門が全体の7割以上を占めています。
受注案件に係る業務フロー等
売上げに係る会計処理の基本方針
2022年3月期からの収益認識基準適用により、工期の長さにより工事進行基準(履行義務を充足するにつれて一定の期間にわたり収益を認識)と、工事完成基準(完全に履行義務を充足した時点で収益を認識)を区別し、大半の案件が工事進行基準適用となりました。
二重原価制度
電業社では見積原価という概念を用いて、営業粗利と製造損益を分離しています。見積原価は技術部門が設定し、受注金額との差額が営業粗利、実際原価との差額が製造損益となります。一方、工事進行基準の進捗度計算には見込原価を使用しています。
二重原価制度は、売上総利益を営業部門と生産部門とで取り合うという両者の対立構造を生じさせやすく、適時の見積原価の増減に係る業務処理を硬直化させる傾向がありました。
受注案件の業務処理の流れ
- 営業部門が見積依頼書を発行し、技術部門が予算書を作成され、受注後、JOB番号(受注案件の管理番号)が発番される
- 営業部門が製作通知を発行し、技術部門が原価集計表を作成して見積原価を確定させる
- 見積原価から一定割合を減じた金額が自動的に当初見込原価として登録される
- 各部署が作業時間をDPCS(主に生産部門が使用する社内システム)に入力し、社内労務費が計上される
- プラント建設部施工管理課が発注処理を行い、資材部が発注手続をし、経理部が支払を行う
- 見積原価超過過少連絡票や通知票を用いて原価訂正を行い、追加工事費用の発生時には範囲外工事速報を用いる
- 工事進行基準適用案件は実際原価の認識に応じて売上を計上し、工事完成基準適用案件は出荷基準または据付基準により売上を計上する
これらの業務フローにおいて、もし見積原価の変更や原価の付替えなどが適切に行われなければ、不適切な会計処理につながる可能性があります。
印章管理の不備
電業社は2023年7月、架空工事の代金請求を受け、調査を開始しました。その結果、社員A1氏(東北支店シニアスタッフ元東北支店営業課長)がE9氏(X2社代表取締役)の要請で架空の契約書に東北支店長印を押印したことが判明しました。これは他にも2件あったとA1氏は述べています。また、東北支店長印の管理が不適切だったことも分かりました。
不正利用に関する事実認定
2014年7月、電業社がX4社から受注したダムの放流設備修繕工事(GGG工事案件)について、X2社の紹介を受けてX3社に下請発注しました。
工期は当初2015年3月20日まででしたが、工事の遅延により延長されたため追加工事が発生し、電業社はX4社との間で交渉を行った結果、1,000万円の増額となる変更契約が締結されました。
これにともなって、A1氏(東北支店シニアスタッフ元東北支店営業課長)は、2015年9月頃にX3社から約3,000万円の追加請求を受けましたが、上司に報告できず、E9氏(X2社代表取締役)に立替払いを依頼したと説明しています。
2017年4月頃、X3社は(立替払いを依頼されたとする)X2社に対して2,580万円(税込2,786万4,000円)の請求を行い、X2社は4月20日に100万円、27日には信用金庫から3000万円を借り入れた上で2,786万4,000円、5月31日に114万3,238円をX3社に支払いました。X3社は4月27日の支払いを元本、他を遅延利息として受領しました。
立替払いを依頼した負い目から、2022年10月11日頃、A1氏はE9氏(X2社代表取締役)の要請に応じて、架空の建設工事下請契約書(本件偽造契約書)に東北支店長印を無断で押印しました。
この契約書には、トンネル換気設備補修点検業の具体的な請負代金額も記載されていましたが、実際の発注はありませんでした。A1氏は他にも2件の架空契約書に押印したと述べていますが、詳細は不明です。
2023年4月14日、X2社は本件偽造契約書に基づく架空債権の一部をファクタリング会社X1社に売却しました。その後、A1氏はE9氏の要請で、電業社の支払が遅滞しているように装う虚偽のメールを送信しました。
7月25日、電業社はX1社からの問い合わせを受け、本件不正利用の可能性を認識して調査を開始しました。7月30日にA1氏が本件不正利用を認め、8月23日にA1氏は個人的にX1社に解決金を支払っています。
しかし調査の過程で、前述のX2社からX3社への立替払いについて、X2社に対する別のジェットファン整備業務の未払金の受領であったとX3社は主張しており、特別調査委員会は立替払いの存在を事実認定していません。
印章管理に関する事実認定
電業社では、本社等および各支店・営業所が複数の印章を保有しています。重要な印章としては、社長印、生産本部長印、第二社長印、営業本部長印、社会システム統括印、各拠点の支店長印および営業所長印があります。これらは対外的な契約締結に使用されます。
しかし、電業社には印章管理に関する明確な社内規程が存在しません。1995年以降に作成されたと思われる印章管理規定という書類は存在しますが、正式な社内規程として扱われていません。
2023年8月8日、本件不正利用を受けて、営業本部長名で各拠点長に対して印章管理に関する通達が発出されました。この通達では、支店長印の保管場所や施錠、不在時の取り扱いなどについて指示がなされています。
本社等および各拠点における印章の管理方法は、部署や拠点によってさまざまでした。多くの部署で、印章が施錠されていない引き出しに保管されるなど、不適切な管理状態にありました。また、押印の権限や手続きも部署によって異なっていました。
2023年8月8日付け通達発出後、一部の拠点では印章の管理方法を改善しましたが、依然として十分とは言えない状況が続いていました。
内部監査や経理監査においては、印章管理は主な監査項目とはなっておらず、十分なチェックが行われていませんでした。2016年に行われた名古屋支店での経理監査では、印章の管理状況が確認されましたが、具体的な改善指示はなされませんでした。
特別調査委員会の評価としては、印章管理及び作製手続に関する規程の不存在、不適切な印章の管理方法、押印権限の不明確さが指摘されます。これらの問題は、印章管理の重要性やリスクについての理解が不十分であったことに起因すると考えられます。
本件不正利用以外の印章の不正利用は確認されませんでしたが、上場会社として印章管理体制の早急な整備が必要です。特に、全社的な印章管理規程の制定、適切な保管方法の徹底、押印権限の明確化などが求められます。
不適切会計
当初の調査過程で、東北支店におけるJJJ・KKK工事案件に関して、2022年3月までにほぼ完了していた追加工事の原価を、少なくともその一部について当該案件の工事原価総額に追加計上せず、特段の根拠なく翌期に遅らせたという疑義が浮上しました。
この問題には、本社営業本部や生産本部の上席執行役員や部長・室長クラスが関与した可能性が認められ、類似する不正や不適切な会計処理が全社的・組織的に行われていた疑いが否定できない状況となりました。
さらに、デジタル・フォレンジック調査やヒアリングにより、異なる工事案件間で原価を付け替える処理や、工期の異なる複数の工事案件間で売上額を調整する方法などが検討されていた可能性が明らかになりました。
これらの疑義に対応するため、電業社は2024年3月期第3四半期報告書の提出期限の再延長申請を行い、特別調査委員会に追加調査を委託しました。
新規調査の開始後、予算に余裕のある工事で多めに投入した見積原価を「プール金」等と呼んで管理し、他の工事の原価に付け替える等の対応が、本社側の営業本部及び生産本部、そして下請工事業者等も関与して組織的に幅広く行われていた可能性が判明しました。
また、売上計上時期の調整・操作に関しても、当社都合で客先に製品や購入品等を引き取ってもらう「前倒し」が幅広く行われていた可能性が確認されました。
これらの状況を踏まえ、特別調査委員会は工事案件ごとの会計処理への影響について網羅的に検討しました。
不適切会計疑義に係る会計処理が行われた背景
本件不適切会計疑義に係る会計処理の背景には、2002年頃の業績低迷を契機とした2005年からの原価管理体制の抜本的見直しがあります。この改革をD6氏(元代表取締役社長 最高執行役員社長、元代表取締役会長)が主導し、予測数値と実績数値の乖離を生じさせないことを重視しました。
この考え方が全社的に浸透し、「製番ごとの実際原価が見積原価を超えてはならない」という認識が広がりました。利益計画会議では予測数値との乖離に対して厳しい指摘がなされ、従業員は評価を下げられることを恐れるようになりました。
その結果、予測数値との乖離を生じさせないというプレッシャーが広がり、個々の案件ごとに最終的な利益が当初の予測数値から乖離しないように管理する必要性が生じました。製番ごとに予測数値と実績数値の乖離を防止する取り組みが行われるようになり、これらの背景事情が本件不適切会計疑義に係る様々な会計処理が行われた重要な要因となっています。
原価計上・増額の遅延
原価計上・増額の遅延について、電業社は2022年3月期から多くの受注案件に工事進行基準を適用していましたが、JJJ・KKK工事案件で工事原価総額の増額が翌期に繰り延べられた疑いが生じたため、調査を実施しました。
自主点検の結果、一部の案件で見込原価の計上時期や金額が不適切であると判断されました。例えば、JJJ・KKK工事案件では、2022年3月末時点で約26,000千円の追加工事費用が見込まれていたにもかかわらず、業績予測値からの利益額の減少を避けるために、大部分が翌期に増額されました。
III工事案件でも、2023年3月までに多数の追加工事が発生し、費用の増加が見込まれていましたが、同年3月時点で見積原価・見込原価に反映されず、結果として約30,000千円の追加工事費用が翌期に増額され、案件が赤字となりました。
また、「受注額の増額があるまで工事原価総額を増額しなくてもよい」との誤った認識が一部の役職員に存在していましたが、2023年6月下旬頃に会計監査人からの指摘を受けて是正されました。
これらの原価計上・増額の遅延は、工事進行基準適用案件の売上高や利益額が過大に計上される結果をもたらしましたが、完工時には修正されるため、工事終了後の案件単体では会計上の影響はありません。
案件をまたぐ原価の付替え
案件をまたぐ原価の付替えについて、下請工事業者の協力を得た外注工事費の付替えと直接工数(社内労務費)の付替えが行われていました。
外注工事費の付替えでは、追加工事が発生した案件等で、下請工事業者への支払代金を別案件に上乗せして支払う方法が取られました。この付替えのため、「プール金」や「ストック」と呼ばれる余分な見積原価が管理されていました。
付替えは社会システム部門とプラント建設部が協議して決定し、下請工事業者25社が関与していました。
直接工数の付替えは、生産本部の多くの部署で行われ、一定基準の超過防止、間接工数への付替え、正しい製番の発番が間に合わない場合の付替えなど、様々な類型がありました。
これらの付替えの背景には、見積原価の不足や一定基準を上回る実際原価発生への抵抗感がありました。
特別調査委員会が認定した外注工事費の付替えは159件で、これにより工事進行基準適用案件では売上高と売上原価が、工事完成基準適用案件では売上原価が誤って計上されることになりました。
ただし、直接工数の付替えについては、過年度の財務諸表への影響は軽微でした。
売上計上時期の前倒し
売上計上時期の前倒しについて、以下の2つの事例が判明しました。
工事完成基準適用案件での売上げの前倒し計上
TTT工事案件において、2018年3月29日に売上計上されましたが、実際の工事完了は4月26日頃でした。これは、契約上の工期内に全ての工事が完了したものとして売上計上すべきだという誤った理解に基づいていました。
この処理により、2018年3月期の売上高が1億2,634万円過大計上されましたが、案件が赤字であったため損益への影響はありませんでした。
原価の前倒し計上
2023年10月頃から2024年3月にかけて、受注済の製番に係る材料の納入を早め、2023年度の売上げを増加させることが企図されました。この取り組みは、2024年度の生産部門の負荷増加への対応という説明もありましたが、主に2023年度の売上高増加を目的としていたと考えられます。
この原価の前倒し計上については、会計処理として直ちに不適切とは言えません。2024年度の生産部門の負荷平準化の必要性も否定できず、材料メーカーにとってもメリットがある場合もあるため、当社の一方的な都合によるものとは断定できません。また、架空の原価計上を行うことまで企図したものではありません。
したがって、この行為については、不正または不適切な会計処理であると直ちに断ずることはできないと判断されます。
情報伝達の不備
東北支店での不正利用により印章管理の不備が判明しました。また、不適切会計の疑いも浮上しました。これらの問題に関する情報が、取締役会等に適時適切に伝達されていなかった可能性が指摘されています。
印章管理不備疑義に関する情報伝達不備
2023年7月31日に本件不正利用が発覚しましたが、同年8月、9月、10月の取締役会では報告されませんでした。管理本部は、A1氏が個人的に解決金を支払ったことで問題が解決したと考え、取締役会への報告は不要と判断しました。
11月の取締役会では簡略化された報告がなされましたが、本件偽造契約書の存在や本件不正利用については言及されませんでした。
2023年12月21日にX2社から民事調停が申し立てられ、2024年1月27日に社内資料の流出が確認されました。2月6日の会計監査人との協議を経て、2月9日に取締役会、取締役監査等委員及び会計監査人等に本件不正利用について初めて報告がなされました。
この情報伝達の遅れについて、特別調査委員会は、本件不正利用が全社的な問題として波及する可能性があるにもかかわらず、X2社との関係のみで捉えられていたことを指摘しています。
不適切会計疑義に係る情報伝達不備
本件不適切会計疑義に関しては、関与した役職員が当該会計処理を不適切であるとの認識を持っていたとは認められませんでした。例えば、III工事案件では原価計上・増額の遅延が発生していましたが、これを会計上不適切であると明確に認識している役職員は確認されませんでした。
2023年6月と10月の取締役会では、III工事案件について報告がありましたが、原価計上・増額の遅延の問題は明確に指摘されませんでした。内部監査室による特別監査が実施されましたが、全社的な調査には至りませんでした。
特別調査委員会は、本件不適切会計疑義に係る各事案に関与した役職員が、当該事案の会計処理が不適切であるとの認識を持っていなかったため、結果として不適切な会計処理が行われていることが顕在化しなかったと判断しています。
したがって、電業社の役職員が不正又は不適切な会計処理が行われていることを認識しながら、当該情報を適時かつ適切に伝達しなかったという意味での情報伝達不備は認められないとしています。
内部監査・監査等委員会・会計監査人による監査の状況
内部監査
内部監査室(専任1名、兼任5名)が内部監査規程に基づいて実施しています。定期監査と特別監査があり、定期監査は書面監査と実地監査で構成されます。
2020年度より、リスク分析に基づく重点監査項目に重きを置いた監査方針に変更され、監査結果は社長、関係取締役、監査等委員会に報告され、会計監査人とも情報交換を行っています。
しかし、印章管理や原価の付替えに関する項目は監査対象となっておらず、本件印章管理不備疑義や本件不適切会計疑義は内部監査で発見されませんでした。
監査等委員会による監査
電業社は2019年6月に監査等委員会設置会社に移行しました。監査等委員会は常勤監査等委員1名、社外監査等委員2名で構成されています。
監査等委員は、取締役会での議決権行使、業務執行状況の監督、社内各部門への業務監査等を通じて監査を行っています。また、代表取締役、取締役、内部監査室長、子会社役員等との意見交換や面談、会計監査人への聴取も実施しています。
しかし、本件印章管理不備疑義や本件不適切会計疑義に関連する事項は監査対象とされておらず、これらの問題は認識されていませんでした。
会計監査人による監査
電業社はEY新日本監査法人を会計監査人として選任しています。会計監査人は定期的な監査のほか、会計上の問題を随時確認しています。監査等委員会は会計監査人の選任に関して、品質管理体制、独立性、専門性、事業理解度等を勘案し、監査報酬額の合理性も検討して決定しています。
原因分析
印章管理の不備の原因
- 下請工事業者からの追加請求等への対応と、継続的・日常的な付替え等の処理が行われていたという背景
- A1氏の動機として、支店長(当時)A8氏による叱責への恐れから来る社内のコミュニケーション不全
- 印章管理体制の不備があり、印章管理のルールが定められておらず、重要性やリスクについての理解が不十分
不適切会計疑義の原因
- 厳格な業績・数値管理と「思考停止」の企業風土が形成され、2005年以降の原価管理体制の改革による、予測数値と実績数値の乖離を生じさせてはならないという意識の浸透、および不適切な処理の常態化
- 経営トップの対応としてD6氏(元代表取締役社長 最高執行役員社長、元代表取締役会長)が主導した厳格な業績・数値管理による、不適切な処理を生む企業風土の構築への影響や、後任の経営トップの現状維持
- コンプライアンスとリスク管理の取組みの不足により、特に財務・経理・会計分野での不正・不適切会計等の問題防止の体制整備の不十分
情報伝達の不備の原因
本件不正利用に関する情報が取締役会に上程されなかった理由として、A2氏(総務部長兼法務企画課長)、A6氏(取締役 常務執行役員(管理本部長 サステナビリティ推進室・関連会社統括))、A5氏(代表取締役社長 最高執行役員社長)らが必要なリスク分析を行わず、印章の管理不備が法律上どれだけ重大なリスクを含むかの理解と想像力が欠けていたことが挙げられます。
その他の要因
- D6氏社長時代の間接経費削減観点での管理部門人数の大幅削減による管理部門の人材不足
- 内部通報制度の実質的な機能不全
- 取締役常勤監査等委員の就任人材における内部監査室その他管理部門経験の経験不足による、財務・経理・会計分野でのガバナンス機能の脆弱性
不正のトライアングル
不正のトライアングルの観点から、調査報告書をもとに、A1氏(東北支店シニアスタッフ元東北支店営業課長)が印章の不正利用を行った要因をあらためて以下のようにまとめてみました。
動機・プレッシャー
A1氏は、GGG工事案件でX3社から追加請求を受けた際、上司であるA8氏(取締役(常勤監査等委員)、元東北支店長、元営業本部社会システム統括)に報告すれば叱責されるという強い恐怖心から、報告・相談することができませんでした。A8氏は、過去にもA1氏に対し、追加工事が発生した際に厳しい叱責を行っており、A1氏にとってA8氏は恐怖の対象となっていました。
このためA1氏は、社内ではなく、X3社の紹介者であるX2社のE9氏に相談し、X2社による立替払いの約束を取り付けました。このA8氏への恐怖心と、X2社への負い目が、A1氏を不正行為に駆り立てる動機・プレッシャーとなりました。
正当化
A1氏は、X2社がX3社への立替払いを実行したかどうかを確認することなく放置していました。しかし、E9氏から立替払いを実行したと告げられ、A1氏は立替払いは実際にあったものと認識しました。A1氏は、立替払いを実行したX2社に対して負い目を感じており、その負い目からE9氏の要求を断ることができませんでした。
A1氏は、不正行為を行っているという認識は薄く、あくまでもX2社への義理を果たすため、X2の頼みを断れなかったという自己正当化を行っていたと考えられます。
機会
当時、電業社では印章管理に関するルールが明確に定められておらず、印章管理規定も正式に規程化されていませんでした。また、どの部門・拠点にどのような印章が存在するかも明確に把握されておらず、印章の一元的な管理体制も整っていませんでした。このような状況が、A1氏による東北支店長印の不正利用を容易にしてしまいました。
3ラインモデル
3ラインモデルの観点から、調査報告書をもとに、不適切会計における問題点を以下のようにまとめてみました。
第1ライン(事業部門)
「製番ごとの実際原価が見積原価を超えてはならない」という認識の浸透
電業社では、製番ごとの実際原価が見積原価を超えてはならないという認識が広く浸透していました。このため、追加工事などで原価超過が発生した場合、本来は適切に見積原価の増額変更を行うべきにも関わらず、これを回避するために、原価計上・増額を遅延させたり、案件を跨いでの原価の付け替えといった不適切な会計処理が行われていました。
厳しい業績・数値管理によるプレッシャー
電業社では、利益計画会議で報告された数値が、その後の変動がない限り、決算数値として利用されていました。このため、予測数値と実績数値の乖離を極度に恐れる企業風土が醸成され、事業部門は、この乖離を回避するために、不適切な会計処理に手を染めていきました。
コンプライアンス意識の欠如
多くの従業員が、前述のような原価管理のプレッシャーのもと、不適切な会計処理を行っていましたが、その行為がコンプライアンス違反であるという認識は希薄であったと考えられます。
第2ライン(管理部門)
財務・経理・会計ルール等の不備
会計処理として何が認められ、何が認められないのか、といった点に関して、実務的かつ具体的なルールやマニュアルが整備されていませんでした。特に、二重原価制度を採用しているにも関わらず、見積原価と実際原価の差異が大きくなった場合の対応など、具体的な運用ルールが明確になっていなかった点は問題です。
また、電業社積算資料においても、「売り上げ1ヶ月前又は、期末2ヶ月前の変更要求に対する原価訂正は不可」といった、適切とは言えない規定が存在していました。
チェック機能の低下
利益計画会議等において、経営陣は、予測数値と実績数値の乖離を厳しく追及していましたが、その背景や要因分析、そしてそれが適正な会計処理に基づいているかどうかの確認は十分に行われていませんでした。
コンプライアンス体制の不備
不正・不適切会計を防止するための、具体的なコンプライアンスの取り組みやリスク管理体制が不足していました。
第3ライン(内部監査部門)
独立性・権限の不足
内部監査部門は、代表取締役社長直轄ではなく、より独立性を担保できる体制であるべきでした。また、内部監査専任の室員を増やすなど、人的リソースの拡充も必要だったと考えられます。
監査の深度不足
内部監査部門は、形式的なチェックに留まらず、実質的かつ効果的な監査を実施する必要がありました。特に、原価計上や案件を跨いでの原価の付け替えといった、不正リスクの高い領域に対して、踏み込んだ監査を実施できていなかった点は問題です。
監査結果の活用不足
内部監査部門は、監査で発見した問題点や改善提案について、経営陣への報告や是正措置のフォローアップを適切に行う必要がありました。