監査法人の指摘により、株式会社トーシンホールディングス(以下「TSHD」)の子会社である株式会社トーシンモバイルにおいて、2023年4月期~2024年4月期、二次代理店向けの代理店精算で財務報告用と実際の精算用の2種類の資料が存在し、売上高が過大計上されていた事実が判明しました。
これを受けて、TSHDは第三者委員会の設置を決議し、調査を開始しました。
この記事では、TSHDが公表した第三者委員会の調査報告書に記載されている不正の内容、発生原因に焦点を当てて要約しています。
※詳細は株式会社トーシンホールディングス第三者委員会「調査報告書」(PDF)をご確認ください。
会社概要
- 資本金:742百万円(2025年8月時点)
- 連結売上高:17,376百万円(2024年4月期)
- 連結従業員数:212名(2025年8月時点)
- グループ事業内容:動体通信関連事業、不動産事業、リゾート事業等
コーポレートガバナンス体制
- 取締役会:取締役7名(うち社外取締役2名)で構成され、定例月1回開催
- 監査役会:監査役4名(うち社外監査役3名)で構成され、定例月1回開催
- 営業会議(経営会議):社長・取締役・執行役員・マネージャーで構成され、月1回取締役会と同日に開催
- リスク・コンプライアンス委員会:2025 年7 月に旧リスク管理委員会から改組。旧リスク管理委員会はリスク管理規程上月1回開催だが、実際の開催頻度は2か月に1回程度で、2022年4月を最後に改組されるまで開催されず。改組後は7月29日に開催実績あり
調査により判明した事実
本事案について
本事案は、トーシンモバイルのモバイル代理店委託事業における代理店精算において、仕訳入力時に実際に二次代理店に提出した代理店精算書の金額に端末代金等を上乗せして、二次代理店に対する請求額を過大に計上したものです。この手口により、売掛金が不当に計上されていました。
本事案の経緯
2022年7月分までの代理店精算業務を担当していたc氏(TSHD管理部経理課)が産休に入り、後任のd氏への業務引継ぎが十分に行われませんでした。その結果、2022年8月分~2023年4月分の代理店精算業務において過誤が生じるようになりました。
2023年5月にd氏が退職し、b氏が代理店精算業務を引き継ぎましたが、この際もd氏からb氏への十分な引継ぎは行われませんでした。
b氏は、a氏(元TSHD取締役)から指示を受け、新規契約や機種変更時に販売する端末代金の金額を実際の代理店精算の金額とは異なる金額として計上し、それに合わせて実際の代理店精算書とは異なる財務報告用の代理店精算書を作成していました。
具体的な例には、2023年3月分の代理店精算では、決算業務の過程で同日の短時間に3回にわたり仕訳の調整が行われ、A社に対する売掛金が最終的に892百万円に調整されました。
実際の精算時の代理店精算書では請求額が659百万円であったのに対し、財務報告用の代理店精算書では892百万円と、233百万円もの差額が生じていました。
2023年11月分以降は、a氏からの指示により、端末代での調整ではなく在庫の調整により利益調整を行うよう指示を受けたため、本事案による利益調整は行われなくなりました。
本事案の発覚
2025年2月入社のTSHD管理部経理課所属の従業員が、2025年4月に残高確認を行った際、二次代理店に対する売掛金について、通常2か月後に代理店精算が行われるにもかかわらず、精算が完了していない売掛金が億単位で生じていることを発見しました。
その後の社内調査により、精算用の代理店精算書と財務報告用の代理店精算書の2種類が存在していることが発覚しました。
監査手続において発覚しなかった原因
監査役による監査では、モバイル代理店委託事業における代理店精算の業務監査が実施されていませんでした。
一方、会計監査人による財務諸表監査においては、二次代理店に対して残高確認書による監査手続が実施されました。
しかし、b氏がa氏の指示を受けて、二次代理店の経理担当者に対し、TSHDグループにおいて計上している棚卸資産及び売掛金・買掛金の額と一致する額を残高確認書に記載するよう要請していたため、発覚しませんでした。
類似事案について
キャッシュバックの調整
キャリアから受け取ったインセンティブを二次代理店に支払う際、実際の支払額よりも過大に計上することで、見かけ上の利益を調整していました。この手口により、二次代理店に対する買掛金が過大に計上されました。
代理店精算の調整(その他)
新店受託手数料の売上計上時期を意図的に翌事業年度にずらすことで、利益調整を行っていました。2024年3月に発生すべき新店受託手数料25百万円を2024年5月の代理店精算に組み込み、翌事業年度の売上として計上していました。
また、売掛金の消込漏れについても、71百万円の未精算の売掛金が存在し、精算が完了しているにもかかわらず売掛金として計上されたままとなっていました。
棚卸資産の水増し
直営店の在庫と二次代理店の在庫の両方について、決算期末の在庫表を調整し、実在庫以上の金額の在庫を計上していました。在庫表の改ざんは、単に在庫の金額のみを調整するのではなく、在庫の明細や架空の個体識別番号を捏造するなど、非常に巧妙な手口により行われていました。
直営店の在庫については、2022年4月期第1四半期に50百万円、2024年4月期第2四半期に128百万円、同第3四半期に335百万円の水増しが行われました。
2024年4月期以降は、直営店の在庫の計上額を実数に戻してしまうと移動体通信関連事業の利益が確保されない状況となったため、実数に戻す処理がされていませんでした。
二次代理店への委託在庫についても同様の水増しが行われ、四半期ごとに利益の状況を見ながら金額を調整していました。
監査法人による監査手続において二次代理店に対して棚卸資産の残高確認が実施されていましたが、二次代理店に対してTSHDグループで把握している棚卸資産の残高と同じ残高で回答するよう指示がされていたため、発覚しませんでした。
驚くべきことに、前回の第三者委員会による調査(2025/2/14「第三者委員会の調査報告書に関するお知らせ」要約)の最中や調査後においても、在庫の調整に関するやり取りが行われ、実際に在庫が調整されていました。
さらに、2025年4月に在庫の水増しが発覚した際、石田会長及び雅文氏も同席のもと、水増しされた架空の在庫を取り消すことが決定されましたが、その処理方法自体が不適切であり、不正行為の一つと認められました。
費用の計上時期の調整
人材派遣費用について、本来発生主義で計上すべきところを、四半期末において計上済みの人材派遣費用を一部取り消して、翌四半期期首の支払時に現金主義で費用を計上する処理が行われていました。これにより、社内において報告済みの利益水準と整合するよう調整されていました。
工事費用についても、TSHDグループ会社間で工事費用の計上時期を調整することで、各社の利益を調整していました。
その他の類似事案
グループ内付替えとして、TSHDグループ内の会社間で費用や収益を移転させることで、各社の利益を調整していました。また、オフバランス取引として、本来TSHDグループの連結財務諸表に計上すべき取引を、関連会社等を通じて計上しないようにする操作も行われていました。
新規発覚事案について
調査の過程で、前回調査では検出されていなかった新たな不正行為が発覚しました。主なものは、代理店精算における売掛金の計上金額の調整と、工事費用の計上時期の調整です。これらの事案は、石田会長やa氏以外の役員は認識していませんでした。
原因分析
経営トップの倫理観・誠実さを欠いた姿勢・言動
調査において最も重大な問題として指摘されるのは、TSHDグループの経営トップである石田会長の倫理観・誠実さを欠いた姿勢・言動です。
石田会長は、調査において、最終的には規制当局の指摘を受けて機種変更後間もないデバイスの提供に応じましたが、当初は私用デバイスの提供を拒絶するという態度を示しました。
TSHDグループにおいて短期間で二度にわたる第三者委員会が設置されているという企業経営上の重大な局面において、調査に全面的に協力することがグループの再生の第一歩であるにもかかわらず、このような態度を示したことは問題です。
また、2025年に実施された国税庁による税務調査において、2021年に石田会長に対して支給された役員退職慰労金について、退職金認定を否認され、TSHDにおいて数億円程度の追加の納税負担が生じました。
この点について、石田会長は「見解の相違であり、少数株主に対しては説明すればよい」などと述べるに留まり、少数株主への配慮が感じられない態度を示しています。
このような石田会長の姿勢・言動は、不特定多数の株主がステークホルダーとなる上場企業のトップとして要求される高度な倫理観、備えるべき誠実性を欠いているものと評価せざるを得ません。
このような事案を発生させた根源的な原因は、TSHDグループの経営トップである石田会長の上場企業のトップとして要求される高度な倫理観、備えるべき誠実性を欠いた姿勢・言動にあると判断しており、後述するガバナンスの機能不全等の根幹にあるものと考えられます。
ガバナンスの機能不全
TSHDグループにおいては、石田会長が関与した不正行為や他の役員及び従業員が関与する不正行為の存在が発覚しています。
TSHDグループの経営陣から末端の従業員に至る全てのプロセスにおいて、不正な行為を不正であると認識したり、不正行為を検知したりすることができていないなど、TSHDグループ全体においてガバナンスが機能していない状況が明らかとなりました。
取締役会の機能不全
かつてのTSHDの取締役会においては、通常、会議資料は当日配布され、事前に議題について検討することなく行われていました。
また、取締役会の議事録が当該取締役会の当日に用意されており、当日これに押印して作成されるという運用がされており、取締役会における意見交換の状況は確認できないものでした。
内部統制の機能不全
決算財務報告プロセスに係る内部統制では、仕訳の承認統制及び職務分掌に重大な整備・運用上の不備が認められ、虚偽記載が発生するリスクに対する防止・発見能力が著しく低下していました。
承認タイミング・頻度・遅延時の代替手続についての標準承認ポリシーが不足しており、本来、日次・月次で行うべき仕訳承認が期末に一括承認される運用が恒常化していました。
また、経理担当者が自己起票・自己承認を行った事例も複数確認されており、牽制の実効性が喪失していました。
内部監査室による監査手続の問題
TSHDの内部監査室による内部監査手続においては、会計監査及び組織・制度監査は実施されておらず、業務監査もモバイル直営事業の直営店とリゾート事業のゴルフ場及び店舗についてのみ実施されており、内部監査手続自体不十分なものとなっていました。
直営店とゴルフ場以外の不動産事業やモバイル代理店委託事業を含む本社機能への内部監査が行われていませんでした。
社外役員の機能不全・役員選任プロセスの不透明性
社外役員に対するインタビューにおいて、社外役員の一部からは「意見を述べたとしても、石田会長が聞かないから言わない」などと社外役員としてあるまじき発言がありました。
また、かつての社外役員の人選は、主に石田会長との個人的な関係から選任されているとのことであり、「座っていればいいから」という石田会長からの言葉を受けて社外役員就任を了承したとの発言もありました。
コンプライアンス意識の鈍麻・企業会計に対する理解不足
前回調査報告書(2025/2/14「第三者委員会の調査報告書に関するお知らせ」要約)において、「会社全体のコンプライアンス意識の不足」が指摘されていました。
しかし、前回調査の実施中や前回調査後においても、利益調整等の不正行為が横行しており、利益調整に関する行為等を不正であると認識することができない状況に陥っていました。
特にa氏(元TSHD取締役)が関与する部署に新卒から配属された従業員は、a氏が日常的に社内資料や決算資料の調整や改ざんを指示していたことから、そのような行為が会社内において行われることは当然であると理解していました。
これにより当該従業員において、社内資料や決算資料の調整や改ざんが不正行為であるとの認識が欠如していました。
また、TSHDグループ各社において、役員の異動が生じた際などに必要な役員の変更登記申請を会社法上の法定期限を徒過して行われていることが判明しました。
TSHDグループにおいては、狭義のコンプライアンスである法令遵守についても遵守されていない状況が存在していました。
組織風土
従業員向けのアンケートには、石田会長からの売上、利益に対するプレッシャー、過重な労働時間、人材不足による業務の集中、パワーハラスメント的な発言、不当な賞与評価など、従業員のTSHDグループの組織風土への不満が多数寄せられました。
このような組織風土が、経営陣に対して自由に発言できない環境を作り出している一因と考えられます。
バックオフィスの脆弱性
バックオフィスは慢性的な人手不足となっており、一人の従業員が場合によっては当該従業員の能力を超えた業務分担を強いられ、その結果、業務上の誤りが生じるきっかけとなっていると考えられます。
また、会社法上の登記手続の法定期限を遵守できていない点から、法務・コンプライアンス関係の機能も脆弱な状況が窺われます。
業務運営における透明性の欠如
日常的な業務の中にも不正の介入を許す要素が多数発見されています。その特徴として、日常的な業務において、作業の履歴やどのような検討を経て業務が行われたかが事後的に確認できないことがあるなど、業務運営に透明性がない点が指摘できます。
代理店精算業務、在庫管理といった業務の多くはExcelファイルなどの改ざんが容易に可能なツールにより行われていました。
また、代理店精算業務を筆頭に、非常に複雑な業務についても、公式の明文のマニュアル等が存在せず、特に代理店精算業務に関するノウハウは属人的に帰属していました。
石田会長からの重要な指示が「アポ」の名の下、口頭での情報共有や指示が行われ、その議事録も残されないことから、各種業務と石田会長の関わりが事後的に検証できない状況になっています。
また、TSHDグループと取引先との間でも、重要な連絡や不正に関わる連絡が電話を通じたものになっていることがあり、そのような連絡については社内ワークフロー上も記録が残されないことも多く、追跡可能性がない状況となっていました。
さらに、仕訳の起票後に承認が適時にされておらず、承認がなされないまま四半期決算が締められることがあり、その結果、期末決算締直前に仕訳の修正が散見され、そのような仕訳の修正によって利益調整が行われてしまっていました。
また、長期滞留債権を管理する仕組みがなく、長期間にわたり未回収の売掛金が存在したとしても見過ごされてしまうという、ずさんな債権管理の問題もありました。
