2024年10月、株式会社トーシンホールディングスの前任監査人に対して、1億円以上のキャッシュバックの未払金が1年以上前から存在し、決算担当取締役が意図的に隠蔽したという指摘のメールが送信されました。
トーシンホールディングスは2023年頃からキャリアからの入金不足を調査していましたが、このメールを受けてさらに調査を進めた結果、想定以上のキャッシュバックが現場で行われていた可能性や、エンドユーザーへの未払いがあること、決算への不適切な反映の可能性を認識しました。
これを受けてトーシンホールディングスは2024年12月に「第三者委員会設置のお知らせおよび決算発表延期と半期報告書提出期限延長の申請検討」を適時開示し、決算発表を延期しました。
この記事では、トーシンホールディングスが公表した第三者委員会の調査報告書に記載されている不適切会計の内容、発生原因に焦点を当てて要約しています。
※詳細は株式会社トーシンホールディングス調査委員会「調査報告書」(PDF)をご確認ください。
会社概要
- 資本金:742百万円
- 売上高(連結):17,411百万円(2024年4月期)
- グループ社員総数:196名 内 アルバイト・契約社員108名(2025年3月1日現在)
- 事業内容:移動体通信関連事業、不動産事業、リゾート事業 など
コーポレートガバナンス体制
- 取締役会:取締役の員数は7名(うち2名は社外取締)、月1回定期的に開催
- 監査役会:監査役の員数は4名(うち3名は社外監査役)
- リスク管理委員会
キャッシュバックの⼀般的な流れ
キャッシュバックの流れとしては、まず店舗でエンドユーザーに「購入特典受領書」が渡され、契約種類に応じて還元金額が決定されます。
エンドユーザーはこの書面のQRコードから専用サイトにアクセスし、メールアドレスと口座情報を登録します。書面には2か月以内に登録しないと振込ができない旨が記載されています。
店舗は支払情報をエクセルでまとめてワークフローシステムに添付し本部に提出するとともに、受領書を月1回宅配便で送付します。
その後、営業課と経理財務課で情報照合し、社内稟議を経て支払が承認されます。稟議はオンラインシステムで行われ、キャリア統括、経理担当取締役、会長の順に承認されます。
支払時期は原則、エンドユーザーがメール送信後、所定の期間内に振込まれることになっており、2023年1月以降は「返信後約3〜4ヶ月程度」、2024年8月以降は「返信後約5〜7ヶ月程度」とされていました。
なお、エンドユーザーに渡される購入特典受領書の下部には支払時期が記載されますが、会社にはその写しは残りません。
認定された事実関係
経理担当取締役は関与を否定し、営業課の統括(退職者ら)が指示・決定したのではないかと主張しています。このため、経理担当取締役の関与の有無が原因分析上重要であることから、調査報告書では補足説明がされています。
経理財務課及び営業課の関与を裏付ける客観証拠
経理財務課の事務担当者は、2023年3月頃以降、店舗からのキャッシュバック金額増加と預金残高不足の可能性を踏まえ、経理担当取締役に相談していました。
その後、キャッシュバックの申請において、毎月の支払額が経理財務課と営業課双方の関与のもとで管理・調整されていた事実が認められます。
関係者からの指摘
調査において、キャッシュバックの管理・調整について指示が経理財務課からなされたことを示唆する複数の供述が確認されました。これらの供述は内容、調整開始時期等の主要部分で一致しています。
また、供述者が不当に自己の責任を回避したり、第三者に責任転嫁を試みているような事情も認められません。
経理担当取締役の地位と権限
2023年当時、経理担当取締役はキャッシュバックの稟議承認を確認する立場にあり、同時に営業課も担当していました。この地位・権限からすれば、キャッシュバックの管理・調整について経理財務課や営業課に対して指示することは容易でした。
実際に2024年2月の取締役会報告事項にキャッシュバックの「抑制」について記載しており、自らの担当業務と認識していたことが確認できます。
動機の分析
経理担当取締役は、会長からキャッシュバック稟議申請を却下されたこともあったことから、会長に対するキャッシュバック申請の承認決裁を円滑に進めるため、キャッシュバックの管理・調整を行う動機があったと考えられます。
弁解に対する検討
経理担当取締役は、キャッシュバックの調整について、店舗からの書類提出の遅れや不備が原因と主張していますが、調査の結果、そうした要因の影響はごくわずかで、支払遅延の主たる要因とは考え難いことが確認されました。
結論
以上のことから調査委員会は、キャッシュバックの支払額や支払時期の管理・調整については、経理担当取締役の関与があったと認定しました。
ただし、明確な指示を裏付ける客観証拠が収集できなかったこと、経理担当取締役の供述内容の問題、退職者からのヒアリングができなかったことなどから、同取締役がどの程度主導的な役割を果たしたか(関与の具体的態様や程度)については、詳細に認定することができませんでした。
キャッシュバックにかかる会計処理
キャッシュバックの計上科目
会社はエンドユーザーへのキャッシュバックを販売促進費として処理しています。キャッシュバックは端末のみの契約では付与されず、新規回線契約者に対して提供される特徴があります。
会社は収益認識会計基準上、キャリアを顧客とする取次業務を行っており、回線設備等の所有権もキャリアにあります。そのため、エンドユーザーへのキャッシュバックは「顧客に支払われる対価」には該当せず、販売促進費として処理することは公正妥当と認められます。
キャッシュバック費用の計上時期
会社はキャッシュバックを支払時(現金主義)に計上していますが、企業会計原則では費用は発生主義に基づくべきとされています。販売費及び一般管理費は期間対応により発生時点で認識すべきであり、キャッシュバックは支払約束時点で計上する必要があります。
経理担当取締役は、キャリアからのインセンティブ収入が約6か月後であることから費用収益対応の観点で支払時計上としていると説明していますが、キャッシュバックは販売費であり、売上との対応関係を優先すべき性質の費目ではありません。
また、短期解約でインセンティブが得られなくなる可能性を挙げていますが、会社は実際には解約有無に関わらずキャッシュバックを支払っており、売上との強い対応関係は認められません。
これらの点から、調査委員会は発生主義による会計処理が適切であると判断しました。
調査の結果が過去の財務報告に与える影響
本件(キャッシュバック)
報告書で言及された1億円以上の未払金は、前任監査人に対するメール送信時点での未払いのキャッシュバック総額と推定されます。会社は現金主義で会計処理していたため、支払が遅延するにつれて未認識の負債が蓄積されました。
調査の結果、キャッシュバックの会計処理は現金主義から発生主義(支払約束時点での計上)に修正すべきと判断しました。影響額の詳細特定は、契約日の網羅的な把握困難や時間的制約から実現できず、支払サイトの分析にとどめています。
会社は、個別取引ごとに契約日を把握して発生日ベースで費用計上するか、支払サイト分析に基づいて合理的な時点で計上するかを検討し、財務報告への影響を勘案すべきです。
また、端末値引によるキャッシュバック充当の事実も確認されましたが、網羅的な特定が不可能なため影響額は特定していません。
類似する事象
類似事象として、1. 端末値引、2. 不正契約とキャリアからの請求、3. 評価等級の虚偽報告を認識しました。これらについても会計への影響が考えられます。
- 端末値引:収益認識会計基準参照し取引実態把握が必要
- 不正契約:売上実在性に疑義とインセンティブ返金可能性の検討が必要
- 虚偽報告:会計上の見積り項目に使用されている場合の影響把握が必要
発生原因の分析
背景事情(業界環境)
移動体通信関連業界では、代理店間の厳しい競争の中、キャリアからの評価(等級)維持向上が重要で、キャッシュバック施策は業界で一般的に行われていました。2019年の電気通信事業法改正後も、トーシンホールディングスだけがこれを利用しないことは現実的ではありませんでした。
主要な要因
会長の影響力と結果重視の企業風土:
トーシンホールディングス創業者である会長の強力なリーダーシップのもと、役員・従業員は強いプレッシャーを受け、適切な意思決定や行動選択に躊躇が生じました。
コンプライアンス意識の不足:
目標達成を優先するあまり、コンプライアンスや利益確保よりも等級維持向上が重視され、キャッシュバック等の限度額ルールも明確化されていませんでした。
取締役会・監査役会の実効性欠如:
取締役会は報告の場にとどまり、経営戦略やリスク管理に関する実質的な議論がなされず、監査役会も経営問題の早期発見・是正機能を果たしていませんでした。
不十分な職務分掌:
2022年7月以降、経理担当取締役が営業部門も兼務し、キャッシュバックの実行と承認の両方を担当することになりましたが、この状況は改善されませんでした。
内部監査の不十分さ:
内部監査室は定型的なチェックリストによる監査に終始し、キャッシュバック支払額増加等の問題を詳細に把握できていませんでした。
現金主義と経理規程未策定:
キャッシュバックを現金主義で処理していたため未払債務の集計が不十分となり、株式会社トーシンモバイル(移動体通信機器の販売・取次等を業とする完全子会社)では経理規程も策定されていませんでした。
主要事実の分析
キャリア入金減少(2022年):
問題認識はあったものの、取締役会での議論や内部監査によるリスクベースの調査がなされませんでした。
経理担当取締役の営業部門兼務(2022年8月):
ガバナンス機能不全の中で、キャッシュバックの管理・調整を容易にし、発覚を遅らせました。
キャッシュバック増加(2023年3月):
コンプライアンス意識の欠如と店舗・本社間の問題認識の差が長期化の要因となりました。
会長による申請却下と調整開始(2023年6月):
会長と経理担当取締役間のコミュニケーション不足が、キャッシュバック管理・調整の長期化につながりました。
取締役会報告(2024年2月):
問題発生約1年後の報告でしたが、実質的議論がなく、管理・調整が継続されました。
まとめ
本件は複数要素の複合的な結果であり、特定者のみに責任を帰するものではありません。各時点で適切な対策が施されていれば、問題がここまで拡大することはなかった可能性があります。