株式会社旅工房は、東京労働局より助成金受給に関する自主調査の書面を受領したことを機に、受給申請の内容について精査を要する疑義が判明したことを受け、より客観性と信頼性の高い調査を行う必要があると判断し、外部専門家を中心とした特別調査委員会を設置しました。
この記事では、株式会社旅工房が公表した特別調査委員会の調査報告書に記載されている雇用調整助成金の不適切な申請の内容、発生原因に焦点を当てて要約しています。
※詳細は株式会社旅工房特別調査委員会「調査報告書」(PDF)をご確認ください。
会社概要
- 資本金:3,358百万円(2024年3月31日現在)
- 売上高:3,342百万円(2024年6月期)
- 従業員数:66名(2024年6月30日現在)
- 事業内容:旅行代理店として、主に国内の個人・法人顧客向けに旅行の手配サービスを提供
コーポレートガバナンス体制
- 取締役会:取締役4名(うち社外取締役1名)で構成され、毎月1回開催
- 監査役会:社外監査役3名で構成され、毎月1回開催
- 役員会:取締役、監査役、執行役員で構成され、毎月1回開催されているが、、社内規程に基づく正式な会議体ではない
- コンプライアンス委員会:代表取締役を委員長、コンプライアンス担当取締役を副委員長、コンプライアンス管理者、従業員等から委員長が指名する者が委員として構成され、四半期に1回開催
- リスク管理委員会:代表取締役を最高責任者とし、2019年10月以降四半期1回開催
- 指名・報酬委員会:2023年3月に設置され、代表取締役1名(委員長)、社外取締役1名、社外監査役3名で構成
調査結果
不正受給の概要
旅工房は2020年3月16日から2022年11月30日までを判定基礎期間として雇用調整助成金等の受給申請を行いました。社内調査により、申請した休業日に従業員が予約登録システムやOffice365のログを残していた事実が判明しました。
申請休業日数68,523日に対し、ログ等が存在する日数は24,088日で、全体の35.2%もの齟齬が発生していました。この齟齬率は判定基礎期間を通じて高い水準で推移しており、2021年6月以降は50%を超える月も見られました。
受給申請に至る経緯と初期の問題行為
旅工房は2020年3月期第4四半期以降、新型コロナウイルス感染症の影響で急激な業績悪化に直面しました。2020年2月20日、A前社長がD元取締役に雇用調整助成金について労働局への相談を指示したことが受給申請検討のきっかけとなりました。
2020年3月13日、A前社長は常勤役員グループLINEで、休業日において従業員に読書を行わせてレポートを提出させることを提案しました。
この提案を受けて、法人営業部門を管掌するB元取締役やレジャー部門を管掌するC元取締役らが、各部門内で休業日での読書と感想文の提出を求めるメールを送信しました。
実際に各従業員からレポートが提出され、未提出者にはペナルティが課されるなどしていました。
休業中の稼働指示の実態
2020年3月27日、A前社長は「もっと過激に書くと、出勤は自由。ただし休み扱いで助成金を貰う。という議論をしたいと思います」とのメールを役員らに送信し、明らかに不正受給に該当する発案を行いました。
2020年4月13日、B元取締役は法人営業部門内で「出勤者並びに雇用調整休者への業務指示」と題するメールを送信し、休業中の稼働指示があったことを示唆する内容を記載していました。
2020年6月25日、A前社長はC元取締役に対してLINEで「まずは有志から募る。特別休でも家で働く社員を増やす。国内旅行200億、20億を取りに行く」と送信し、休業日であっても在宅で稼働させる社員を増やすことを指示しました。
稼働実態の認識と受給申請の継続
2020年5月14日、B元取締役はメールで「調整休にしてテレワークをさせたいと思います」と記載し、さらに「一般スタッフに対して調整休にしてテレワークは表向きは指示しません」と送信するなど、休業日における稼働を前提とした対応を行っていました。
2020年6月19日、B元取締役はL氏に対して「8月入社後すぐに雇用調整休は問題ありませんか(実際は働きます)」と質問するメールを送信し、コーポレート部門側も休業中の稼働実態を認識していたことがうかがえます。
2020年7月1日の役員会では、D元取締役から休業中の稼働に関する注意喚起がなされましたが、その後も実態の改善には至りませんでした。
2021年内部通報と対応の問題
2021年1月12日、法人営業部門の従業員から、幹部によるパワーハラスメントと休業日の稼働指示に関する内部通報が行われました。
G氏(元執行役員兼コーポレート本部長、現代表取締役社長)らによる調査により、法人営業部門全体で休業日における稼働指示が出ていたこと、30名中29名が2020年4月から9月頃まで明確な業務指示があったことを認めていることが判明しました。
2021年4月21日の監査役会、4月30日のリスク・コンプライアンス委員会および懲罰委員会では、内部通報の調査結果が報告されましたが、「雇用調整助成金の不正受給」という表現は意図的に回避され、「不適正な勤怠申請指示」や「休業中の業務指示」という表現が用いられました。
懲罰委員会の資料には、「総括」として、懲戒処分の対象者らに不満を抱いている社員による雇用調整助成金の不正受給の労働局やマスコミへの外部リークを防ぐためには厳重な対処が必要という趣旨の見解が記載されていました。
弁護士からの指摘と返還しない方針決定
2021年6月から8月にかけて、外部弁護士のR弁護士から、事実確認して金額を確定して厚生労働省に対して自主返納する意思があるかとの質問がなされました。2021年8月27日、A前社長はL氏(人事セクション統括マネージャ)に回答の検討を指示しました。
2021年9月6日、L氏はR弁護士からの質問事項に対する回答案を作成し、結論として「自主返納はしないこととしたい」と記載しました。
その理由として、不正日を特定することが事実上不可能であること、自主返納により労働局からの再調査リスクが高まること、雇用調整助成金は雇用保険料を財源としており自主返納が美徳とされる文化とは違うことなどが挙げられていました。
2021年9月8日、A前社長、B元取締役、L氏らが参加する社内会議が開催され、雇用調整助成金等の自主返納は行わない方針が了承されました。
2021年11月25日、R弁護士は改めて、法律に従うと返納すべきとの帰結になる旨を伝えましたが、旅工房は方針を変更せず、2022年11月分まで受給申請を継続しました。
不正受給の認定
特別調査委員会は、申請休業日の35.2%にログ等が存在するという極めて高い齟齬率、A前社長による明確な不正受給の発案、各部門における休業中の稼働指示の実態、役員らによる稼働実態の認識などを総合的に考慮し、旅工房が受給した雇用調整助成金は不正受給に該当すると結論付けました。
特に、2020年8月5日付けの初回申請時点で、A前社長は不正受給の指示等を行っていたこと、受給申請の稟議承認ラインにいたG氏やL氏も休業中の稼働実態を認識していたことから、故意に虚偽の記載を行った不正の行為と評価されました。
主たる関与者
特別調査委員会は、A前社長、B元取締役、C元取締役、D元取締役、G氏(元執行役員兼コーポレート本部長、現代表取締役社長)を主たる関与者として特定しました。
これらの役職員は、休業中の読書・レポート提出指示や稼働指示を行い、または稼働実態を認識しながら受給申請の承認を継続し、さらには弁護士や監査役からの指摘を受けても自主返納や受給申請の中止を行わなかった責任があります。
この事案は、組織ぐるみの不正受給であり、経営陣が主導的な役割を果たしていた極めて悪質な事案と評価されます。
類似事案の調査結果
GoToトラベル事案との関連性
特別調査委員会は、旅工房で発生した雇用調整助成金不正受給事案とGoToトラベル事案との関連性を検証しました。
この事案はコーポレート部門主体で2020年3月から開始された雇用調整助成金の不正受給問題であるのに対し、GoToトラベル事案はグローバル・アライアンス部門主導の給付金対象と開示の適正性の問題です。
両事案は異なる担当部門による別個の事象であり、直接的な関連性を示す証拠は見当たりませんでした。
その他の公金受給に関する調査
2020年度以降に受給した公金について、不適切な申請により受給した疑いのある助成金・給付金がないか調査を実施しました。
旅工房が作成した公金受給リストの網羅性・正確性を検証し、デジタルフォレンジックも実施しましたが、不適切な申請が疑われる公金受給は検出されませんでした。
財務諸表に重要な影響を及ぼす不正
不適切なソフトウェア資産の計上
2021年3月にランサムウェア被害が発生し、旅工房のWEBサイトの画像データと予約情報等が暗号化されました。
A前社長、D元取締役、G氏(元執行役員兼コーポレート本部長、現代表取締役社長)、M元取締役が中心となって対応し、リスク・コンプライアンス委員会や取締役会への上程、監査役への報告を行うことなく、データ復旧を決定しました。
2021年8月に再度ランサムウェア被害が発生した際、A前社長は経費を販管費として計上し、可能であれば一括費用計上を避けるよう指示しました。また、取締役会には上程せず、監査役には別途報告するものの、会社を守る対応を優先するよう指示しました。
この指示を受け、M元取締役、G氏、H氏(取締役)の3名は、データ復旧費用約3,950万円をソフトウェア資産として計上する方針を協議しました。業者からの請求書を各サーバーデータに分割した5つの請求書に修正させ、「データ復旧プログラム」という名目で処理しました。
しかし、技術的な裏付けはなく、業者も「使いまわすことはできない」と供述しています。本来費用処理すべきものであり、2022年3月期第2四半期における資産計上33百万円は不適切な会計処理と認められます。
U氏による旅行手配ミスの損失先送り
法人営業部門の元従業員U氏による旅行手配ミスの損失先送りの不正が検出されました。U氏は2015年4月に入社し、法人旅行事業の営業担当者として勤務した後、2018年8月から手配担当者となりました。
U氏は2016年4月から2020年3月にかけて、以下の手口で不正を繰り返していました。
- 売上の水増しと売上代金の回収偽装:実在する案件の赤字化を避けるため、売上を水増しして記録し、自己資金や金券類の現金化により調達した資金で顧客名義の入金を偽装
- 売上回収・仕入の付替え:別案件の売上代金や仕入を付け替えて赤字を隠蔽
- 仕入の水増しによる金券類の不正取得:仕入を水増しして金券類を不正取得し現金化
- 架空取引による売上・仕入の過大計上:架空の取引記録を作成し、金券類を現金化した資金で売上代金の回収を偽装
U氏の不正は2021年4月7日に上司のG氏に自主申告されましたが、A前社長の判断により、リスク・コンプライアンス委員会や取締役会への上程、監査役やEY新日本への報告は行われず、8百万円の粗利過大計上は仕入で処理することで秘密裡に隠蔽されました。
調査の結果、U氏の不正は単独行為であり、動機は自己の旅行手配ミスによる損失を先送りし、社内での叱責を回避することだったと認定されました。類似事案の調査も実施しましたが、新たな不正は検出されませんでした。
発生原因の分析
雇用調整助成金の不正受給の原因
不十分な勤怠管理
内部監査で実労働時間と勤怠システムの齟齬が指摘されていたにもかかわらず、正確性を確保する社内周知を徹底せずに受給申請を開始しました。海外旅行業者という業態から時間外対応が常態化していたものの、正確な労働時間把握に努めていませんでした。
制度の理解不足
休業日に読書やレポート提出を指示したり、明確な指示をしなければ問題ないとの認識で休業申請を承認するなど、公金助成を受けることへの認識が不足していました。
内部通報制度の問題
2021年1月の通報には雇用調整助成金の不正受給の指摘が含まれていたにもかかわらず、コーポレート部門は懲戒処分を優先し、不正受給問題の調査を正面から行いませんでした。
不適切なソフトウェア資産計上の原因
サイバーセキュリティ管理体制が不十分であり、内部監査で指摘されていたにもかかわらず対応が進まない中で被害が発生しました。また、情報流出の確認や適切な対応を行わず、会計監査人への報告も怠るなど、適正な開示を行う誠実性や倫理観に問題がありました。
特に、財務諸表利用者を欺く意図で外部業者に請求書の修正までさせており、悪質性が高いと評価されています。
U氏による旅行手配ミスによる損失の先送りの直接的な発生原因
U氏の旅行手配ミスによる損失先送りは、W氏(法人営業部門の元従業員の法人営業部門不正事案に類似しています。
旅工房は過去の調査で、予約確認の欠如、金券取得の承認不要、請求書発行の確認不足、営業担当者の単独処理など内部統制の不備を指摘しており、これらがU氏の不正防止・発見を妨げました。
共通する発生原因
コーポレート部門の牽制力不足
勤怠管理や制度理解が不十分で、売上を生まない部門として軽視される企業風土もあり、適切な牽制機能を発揮できませんでした。
リスク・コンプライアンス委員会の機能不全
いずれの問題も同委員会で検討・上程されず、未然防止や早期発見・是正に至りませんでした。
経営トップのコンプライアンス・ガバナンス軽視の姿勢
A前社長は不正受給を発案・認容し、自主返還も行わず、問題を放置しました。後任のG氏も事実確認や報告を行わず事態を静観していました。
経営者に対するガバナンスの問題
監査役や社外取締役は一定の機能を発揮していましたが、執行側がリスクを明確に説明せず、経営トップが取締役会への上程を避けるなど、ガバナンスが機能しない原因は経営者側にあったと結論付けられています。
