2024年5月、株式会社ジェイ・エス・ビーの常勤監査役Xk氏は、専務取締役Xd氏が家族同伴の海外視察・研修費用を会社に負担させているとの情報を入手しました。同年7月に同趣旨の通報も受け、調査を進めた結果、9月13日の定時取締役会でXd氏による経費の不正使用の疑いについて報告されました。
これを受けて、Xc社長が独立した外部専門家と社外役員で構成される調査委員会の設置を提案し、Xd氏の意見も聴取した上で採決が行われました。利害関係者のXd氏と一部の社外取締役を除く取締役が賛成し、調査委員会の設置が承認されました。
この記事では、ジェイ・エス・ビーが公表した特別調査委員会の調査報告書に記載されている不正の内容、発生原因に焦点を当てて要約しています。
※詳細は株式会社ジェイ・エス・ビー特別調査委員会「調査報告書」(PDF)をご確認ください。
会社概要
- 資本金:43億239万850円(2024年11月30日現在)
- 連結売上高:637億円(2023年10月期)
- 従業員数:1,191名(2023年10月31日現在)
- 事業内容:学生会館・学生寮・学生専用マンションの企画開発、学生マンション及び大学福利厚生施設の経営コンサルタント、マンション・学生寮・ビルの運営管理業務、住宅・学生単身生活情報誌「学生下宿年鑑」の出版、プロパティマネジメント業務、損害保険代理業務、インターネットによる情報提供
コーポレートガバナンス体制(2024年1月26日時点)
- 取締役会:取締役8名で構成、毎月1回開催
- 監査役会:常勤監査役1名と財務及び会計の知見を有する社外監査役2名で構成
- 経営会議:常勤取締役、常勤監査役、各本部長及び執行役員で構成
- 指名委員会:任意の機関で、3名の委員(うち、過半数が独立役員)で構成
- 報酬委員会:任意の機関で、3名の委員(うち、過半数が独立役員)で構成
- コンプライアンス委員会:代表取締役社長により任命された者が委員長を務め、常勤取締役、各本部長及び執行役員で常任メンバーを構成
出張・視察・旅行等に係る社内規程及び稟議・決裁手続の概要
稟議処理の基本的な流れ
主管部課の課員が稟議書を起案し、稟議承認ワークフローシステム(WF)で上長の承認を得て総務部に回付されます。
取締役合議が必要な事項は総務部から取締役に回付され、決裁職位者の決裁後、起案部課が内容を実施します。
決裁基準は、10万円以上100万円未満が本部長決裁、100万円以上が常勤取締役の合議を経て社長決裁となっています。
経費の支払方法
請求書払い、振込依頼書、立替払い、コーポレートカード利用の4種類があります。
請求書払いの場合は、起案担当者と所属長の確認を経て経理部に提出され、支払処理が行われます。
立替払いはハーモス経費システムで申請・承認され、コーポレートカード利用は利用明細と領収書、稟議書WFを経理部に提出して処理されます。
旅費規程
正社員および役員を対象に旅費を支給し、航空料金は役員がビジネスクラス、その他はエコノミークラスと定められています。ただし、役員の家族同伴は想定されておらず、特別な場合は都度協議が必要とされています。
実際の運用状況
特に秘書室の稟議申請において、他部署と異なる特例的な扱いがなされていました。
金額の内訳が概括的な記載に留まり、家族同伴の事実が記載されず、場合により架空の参加者名義が使用されるなど、実質的なチェック機能が働いていない状況でした。
調査対象期間中におけるXd氏の家族の旅費を会社が負担したことが認められる出張・旅行等
以下18事案の総額は約1,700万円に上り、特に後半の海外案件で高額な支出が目立ちます。多くの案件で稟議書への虚偽記載や簿外処理が行われ、一部では稟議自体を行わないケースもありました。
事案1:2019年8月 長崎・佐賀視察
- 参加者:Xa氏、Xd家4名(計5名)
- Xd家族分費用:492,250円
- 稟議書には取引先関係者参加予定と虚偽記載
事案2:2019年9月 社員旅行(韓国)
- 参加者:役職員(参加希望者)とXd家4名
- Xd家族分費用:420,000円
- 稟議決裁額2,900万円の社員旅行の一環として実施
事案3:2019年10月 ジェイ・エス・ビーグループ幹部研修旅行(伊勢)
- 参加者:役員、執行役員等にXd家3名とXa氏母を追加
- Xd家族分費用:110,370円
- 他役員家族分:Xa氏の母 45,590円
- 稟議書なし(事案2の予備費枠内で実施)
事案4:2019年10月 沖縄視察
- 参加者:役員とその家族(計17名)
- Xd家族分費用:547,800円
- 他役員の家族分も会社負担(約102万円)
事案5:2020年8月 北海道視察
- 参加者:役員とその家族(計14名)
- Xd家族分費用:615,380円
- 他役員家族分:計730,640円
- 研修旅行名目で実施した役員慰安旅行
事案6:2020年9月 中期方針説明会(滋賀)
- 参加者:所属長以上の役職員約108名とXd家3名
- Xd家族分費用:93,940円
- 他の参加者には家族同伴の連絡なし
事案7:2020年9月 九州視察(沖縄)
- 参加者:役員とその家族(計13名)
- Xd家族分費用:829,740円
- 他役員家族分:計1,217,620円
- 稟議書には福岡店舗視察と記載も実際は沖縄旅行
事案8:2020年10月 ジェイ・エス・ビーグループ幹部研修旅行(伊勢)
- 参加者:役員、執行役員等にXd家3名
- Xd家族分費用:311,272円
- 他役員家族分:Xa氏の母 167,167円
- Xd氏のみ部屋付けを可能とする特別扱い
事案9:2021年4月 長崎出張
- 参加者:Xd家4名
- Xd家族分費用:347,600円
- 簿外の旅行券で支払い、稟議書なし
事案10:2021年8月 沖縄旅行
- 参加者:役員とその家族(計11名)
- Xd家族分費用:837,700円
- 他役員家族分:Xa氏の母 254,860円
- 簿外の旅行券で支払い、稟議書なし
事案11:2021年9月 長崎出張
- 参加者:Xa氏、Xd家4名、b氏
- Xd家族分費用:304,460円
- 簿外の旅行券で支払い、稟議書なし
事案12:2021年10月 ジェイ・エス・ビーグループ幹部研修旅行(伊勢)
- 参加者:役員、執行役員等にXd家3名
- Xd家族分費用:110,430円
- 他の参加者には家族同伴の連絡なし
事案13:2022年9月 北海道出張
- 参加者:Xd家4名
- Xd家族分費用:261,135円
- 取引先招待名目で航空券代を申請
事案14:2022年10月 ジェイ・エス・ビーグループ幹部研修旅行(伊勢)
- 参加者:役員、執行役員等にXd家3名
- Xd家族分費用:111,030円
- 他の参加者には家族同伴の連絡なし
事案15:2022年10月 ジェイ・エス・ビーグループ幹部研修旅行(沖縄)
- 参加者:役員、執行役員等にXd家3名
- Xd家族分費用:762,590円
- 他の参加者と空港で会わないよう調整
事案16:2023年9月 ジェイ・エス・ビーグループ幹部研修旅行(グアム)
- 参加者:役員20名にXd家3名
- Xd家族分費用:1,408,400円
- 常勤取締役全員に家族同伴可能と案内も実際はXd氏のみ
事案17:2024年4月 海外事業視察(ロンドン/パリ)
- 参加者:役職員10名にXd家3名
- Xd家族分費用:5,338,314円
- 子ども分の航空券を偽名で申請
事案18:2024年7月 オーストラリア視察
- 参加者:Xd家4名(約1ヶ月滞在)
- Xd家族分費用:4,090,700円
- 取締役会決議必要との指摘を無視して実施
18 事案及びその関連事実に関する関係者の供述(要旨)
以下の供述から、Xd氏は家族同伴の正当性を主張しつつも、不適切な稟議・経費処理を認識しながら継続していたことが明らかになっています。また、他の取締役も程度の差こそあれ問題を認識しながら是正しなかったという実態が浮かび上がっています。
Xd氏(専務取締役)
Xd氏は、家族同伴について、元代表取締役のu氏との間で、子どもが13歳になるまでは家族同伴を認めるという約束があり、それがXa氏(元代表取締役会長)にも引き継がれていたと主張しています。
また、海外案件については、配偶者が通訳業務を担当していたため、必要経費として認められるべきとの見解を示しています。
稟議・経費処理に関しては、取締役就任前から家族同伴を記載しない運用が慣習としてあったとし、多数の稟議を処理する中で、秘書室の稟議は十分確認せずに承認していたと説明しています。偽名使用については明確な認識や記憶はないと述べています。
Xc氏(代表取締役社長)
Xc氏は、慰安旅行以外ではXd氏の家族同伴を認識していなかったとし、2022年10月頃になって噂で聞くようになったと証言しています。また、家族同伴の費用は福利厚生費として認められると認識していたとのことです。
Xe氏(取締役)
Xe氏は、2019年10月の伊勢での案件以降、Xd氏の家族同伴を認識していたと述べ、u氏とXd氏の約束についても以前から聞いていたと証言しています。
稟議書の書き方や経費処理については、経営企画室と秘書室に任せていたとしています。
Xf氏(取締役)
Xf氏は、一部の案件でXd氏の家族同伴を推測していたと述べる一方、u氏との約束については直接聞いたことはないとしています。
決裁資料に家族同伴の記載がない理由については、損金算入の都合によるものと認識していたと説明しています。
b氏(秘書室職員)
b氏は、当初k氏(経営財務本部長)に家族同伴の稟議書の書き方を相談したところ、賞与扱いにする必要があると説明されたものの、役員から負担になるとの指摘があり、以後、家族同伴を記載しない方針となったと証言しています。
また、Xd氏の了承のもと、偽名を使用した申請も行っていたとのことです。特にオーストラリア案件については、k氏から取締役会決議が必要との説明を受け、これをXd氏に報告したものの、Xd氏は消極的な反応を示したため、結果として従来通りの処理を行ったと説明しています。
k氏(経営財務本部長)
k氏は、オーストラリア案件について、関連当事者取引に該当し取締役会決議が必要と説明したところ、Xd氏から「正々堂々といく。私利私欲のためではない」との反論があったと述べています。最終的な稟議書に家族同伴の記載がなかったため、撤回されたと認識していたとのことです。
旅費等の不正使用の疑いに関する特別調査委員会の評価
会社法上と税法上の論点
会社法上の論点としては、取締役は会社の内部統制システムを適切に整備・運用する義務を負っているにもかかわらず、ジェイ・エス・ビーでは支出の実態を正しく反映しない稟議申請により、適切な判断・処理がなされていませんでした。
また、役員の家族分の旅費負担は役員報酬に該当する可能性が高く、その場合は株主総会決議や取締役会決議などの厳格な手続きが必要でしたが、それらが実施されていませんでした。
税法上の論点としては、会社負担の旅費が経費として認められるのは、業務遂行上必要な場合か、一般的なレクリエーション旅行として社会通念上認められる場合に限られます。
家族分の旅費については、業務遂行上明らかに必要と認められる例外的な場合を除き、役員給与として扱うべきでした。
3分類ごとの評価
分類①(常勤取締役らによる慰安旅行)
家族同伴に業務上の必要性は認められず、役員報酬として扱うべきでした。しかし、実際には稟議書等に家族同伴の記載がなく、不適切な税務処理がなされていました。全常勤取締役が家族同伴を了承していたとしても、取締役会決議等の必要な手続きを欠いていることから、違法性は免れません。
分類②(社員旅行・研修等)
分類①と同様に、家族同伴に業務上の必要性は認められません。Xd氏は元代表取締役u氏との間で家族同伴を認める約束があったと主張していますが、そのような約束は会社法・税法上の問題を解消する事情とはなりません。
分類③(業務出張)
Xd氏は配偶者が通訳業務を担当していたと主張していますが、実際の業務内容や必要性には疑義があり、また子ども2名分の旅費についてはいずれにせよ役員報酬として扱うべきでした。さらに、配偶者への業務委託自体について取締役会の承認を得るべきでした。
特別調査委員会の評価
これらの問題に関して、Xd氏は決裁資料に家族同伴を記載しないことの問題性を認識しながら、秘書室を所管する立場でその運用を容認・継続させた責任が重く指摘されています。
また、他の常勤取締役も、特に分類①については家族同伴を認識しながら是正を求めなかった点で、取締役としての職責を果たしていなかったと評価されています。
さらに、Xc氏は代表取締役として、Xe氏は財務部門を所管する立場として、より重い責任があったと指摘されています。
調査において判明したその他の経費使用に関する問題
調査の結果、Xd氏が所管する秘書室において、多額の簿外資産が存在していたことが判明しました。具体的には、金券類とワインの2種類の簿外資産が確認されています。
金券類
金券類については、2024年9月25日時点で総額1,321万3,500円(4,900枚)の簿外在庫が見つかりました。その内訳は、旅行券が755万2,000円、QUOカードが364万3,500円、百貨店の商品券が158万8,000円、ナガシマリゾートの施設利用券が43万円でした。
これらの金券類は、ジェイ・エス・ビーの規程では現金同様に厳格な管理が求められていましたが、実際には適切な受払簿の作成や在庫管理が行われていませんでした。また、経理部への報告も行われていませんでした。
簿外の金券類が発生した主な原因は、秘書室が実際の必要量を大きく上回る数量を購入申請し、使用されなかった分が在庫として蓄積されていったことにあります。特に期末に近い9月や10月頃に、まとまった額の金券類を購入する傾向がありました。
ワイン
ワインについては、2024年10月31日時点で784本、購入価格にして約3,238万円分の簿外在庫が確認されました。これらは、本社及び近辺の6か所のワインセラーに保管されていました。このうち、松原ビルに保管されている1,999本(約727万円分)のみが帳簿に計上されており、それ以外は全て簿外資産となっていました。
簿外のワイン在庫も金券類と同様に、実際の必要量を上回る数量を購入申請し、使用されなかった分が蓄積されたものでした。購入時には接待交際費等として費用計上されていましたが、実際には在庫として保管されていました。
特別調査委員会の評価
これら簿外資産の管理については、秘書室のb氏が鍵を管理し、独自の実態リストを作成してXd氏に定期的に報告していました。また、b氏の証言によれば、Xd氏は簿外資産の存在を認識しており、その使用についてはXd氏の指示のもとで行われていたとのことです。
Xd氏自身は、金券類やワインの在庫の存在は認識していたものの、簿外となっていることは認識していなかったと主張しています。しかし、期末における購入指示や、社内決裁手続きを経ない使用の実態からみて、Xd氏は簿外資産の存在を認識しながら、不適切な運用を継続していたと認められます。
これらの問題について、代表取締役のXc氏や財務部門を管掌していたXe氏らは、本調査開始まで認識していなかったと述べていますが、稟議申請の不自然さや経費使用の実態から、より詳細な確認を行うべき立場にあったと指摘されています。
発生原因・要改善点
Xd氏のコンプライアンス意識の欠如
Xd氏の上場企業取締役としてのコンプライアンス意識の欠如が最も重要な原因として挙げられています。特に、他の常勤取締役に対して家族同伴が認められていた慰安旅行以外でも、稟議・経費申請において家族同伴を記載せずに承認し、時には偽名を使用した申請まで行っていました。
さらに、取締役会決議の必要性を指摘されても対応せず、秘書室を所管する立場でありながら不適切な運用を継続させていました。
他の常勤取締役のコンプライアンス意識の不足
他の常勤取締役は家族同伴を相互に了承していた慰安旅行について、稟議書に実態と異なる記載がなされていることを認識しながら是正を求めませんでした。
執行部門内での自浄作用が働かず、最終的に監査役会の指摘を待つことになった点は、重大な問題とされています。
オーナー企業意識によるコーポレートガバナンス上の問題
ジェイ・エス・ビーでは、上場後7年以上が経過しているにもかかわらず、かつての代表取締役や特定の大株主の意向を過度に尊重する意識が残存していました。
さらに、本調査開始後も、大株主であるXa氏が監査役会による調査に介入を試みるなど、コーポレートガバナンスの軽視が続いていたことが指摘されています。
Xa相談役とXd取締役との関係性
Xd氏はXa氏の個人資産を運用し、その見返りとして金銭等を受け取っていた形跡があり、両者の間に情実が生じやすい関係が存在していました。
このような関係は、コーポレートガバナンス上の歪みを生じさせる要因となっていました。
過去から続く内部統制の不備
秘書室については、非上場・オーナー企業時代からオーナー社長に近い部署として特別視され、その状況が上場後も温存されていました。その結果、他部署と比較して緩やかな基準での稟議申請が許容され、適切なチェック機能が働かない状況が続いていました。