人・夢・技術グループ株式会社は連結子会社の株式会社長大への内部監査で、外注費の不適切な案件を発見し、社内調査委員会を設置しました。
その後の調査過程で、外注先への不適切な前払い等の新たな会計処理の疑義が判明し、これを受けてより客観的な調査の必要性を認識し、社外委員のみで構成される特別調査委員会を設置しました。
この記事では、人・夢・技術グループが公表した特別調査委員会の調査結果報告書に記載されている不適切な会計処理の内容、発生原因に焦点を当てて要約しています。
※詳細は人・夢・技術グループ株式会社特別調査委員会「調査結果報告書」(PDF)をご確認ください。
会社概要
人・夢・技術グループ株式会社(連結)
- 資本金:31億750万円
- 売上高:398億1,400万円(2024年9月期)
- 従業員数:2,120名(2024年9月30日現在)
コーポレートガバナンス体制
- 取締役会:取締役5名および監査等委員である取締役4名、原則毎月1回開催
- 特別審査委員会:取締役会の任意の諮問機関、原則年3回開催、委員の過半数を独立社外取締役で構成取締役の人事及び報酬等について審議
- 監査等委員会:社内出身の常勤監査等委員1名、社外監査等委員3名
- グループ連携推進会議:グループの経営運営・管理に関する重要事項を協議決定し報告する機関
- 内部統制センター:内部監査部門と内部統制監理部門を設置
株式会社長大
- 資本金:1,000百万円
- 売上高:206億円3,200万円(2023年9月期末現在)
- 従業員数:943名(2023年9月期末現在)
- 事業内容:総合建設コンサルタント
- 組織体制:監査役設置会社、役員の一部は人・夢・技術グループ株式会社の役員が兼任
不適切行為の内容
長大で行われていた不適切行為は、外注費の付替え、人工の付替え、売上の先行計上という3つの類型に大別されます。これらの行為は組織の広範な部署で行われ、長期間にわたって継続していたことが明らかになりました。
外注費の付替え
外注費の付替けについては、外注先の協力を得て行うものと、協力を得ずに行うものの二通りが存在していました。
外注先の協力を得る場合、「原価率の厳しい案件」の費用を「設定原価率に余裕がある案件」に付け替えるため、外注先の同意を得たうえで実際とは異なる案件の発注書を発行し、それに対応する請求書を受領していました。
外注先は、発注書や請求書記載のプロジェクト番号や件名にかかわらず、報酬が支払われさえすればよいと考えてこの依頼に応じていたようです。
一方、外注先の協力を得ない場合は、発注書や請求書に業務名や場所等の具体的な記載をせず、システム入力の調整のみで付替えを行っていました。
また、案件が終了した後に修正等の作業が発生した際の不適切な処理も確認されています。本来は「サービス工号」と呼ばれる工号を取得して処理すべきところ、他の進行中の案件の外注費として付け替えて処理するケースが見られました。
このような処理が行われた背景には、サービス工号の取得が損失として評価され、構造事業部又は営業部によるミス又はクレーム案件として処理が発生する可能性があると受け止められていたことがあります。
人工の付替え
人工の付替けについては、事後的な日報改変によるものと、当初から実態と異なる日報入力によるものという二つの手法が確認されています。
事後的な日報改変の場合、部長が入力済みの日報の変更を部下に求め、「原価率の厳しい案件」の人工を「設定原価率に余裕がある案件」に付け替えていました。これは主に月末の実行予算見直し時に行われていました。
一方、当初から実態と異なる日報入力を行う場合は、各従業員が日報を作成する前に部長から付替えの指示を受けるか、あるいは課長以下の従業員が過去の指示を踏まえて自主的に実態と異なる入力を行っていました。
この方法は日常的に行われており、一部の従業員にとっては通常の業務フローの一部として認識されていました。
売上の先行計上
売上の先行計上に関しては、主に二つの手法が用いられていました。
一つは大規模案件における費用の先払い等による方法です。これは外注先に対して実際より多い工数や未発生の作業の発注書を発行し、工事進行基準の下で翌期に発生する費用を当期に取り込むことで売上を先行計上するというものでした。
もう一つは、残作業の人工付替えによる方法です。完成基準が適用されていた時期には、業務完了が翌期となる見込みでも修正工期を延長せず、当期に売上計上するために別案件の人工をプールして対応していました。後日、プールしておいた別案件の人工として実際の作業を行い、案件を完了させるという手法が取られていました。
動機・背景事情
これらの不適切行為が行われた背景には、複数の動機が存在していました。
最も多く見られた動機は、原価率が所定の割合を超える変更時に必要となる社内稟議の回避です。稟議手続は従業員にとって煩雑で時間がかかるものと認識されており、また一種のペナルティのように受け止められていました。
次に、当期の目標達成や翌期の目標達成を容易にすることも重要な動機でした。部門ごとに設定された売上高や原価率等の目標値は、部門評価の重要な要素となっており、その達成へのプレッシャーは相当なものでした。
さらに、部門評価や人事評価への影響を避けることも動機の一つとして挙げられます。
特筆すべきは、これらの行為が20〜30年前から行われていたとみられる点です。
多くの従業員にとって、これらの不適切な処理は入社時から上長により指示や承認がされ、あるいは周囲の同僚によって当然のように行われていた慣行となっていました。そのため、不適切な行為であるという認識が薄れ、業務の一環として定着していた可能性があります。
さらに、一部の部署では、内部監査で本不適切行為が露見しないよう、部長から従業員に対して具体的な指示をしていた例も確認されており、組織的な問題の根深さを示しています。
このような長年の慣行は、組織のコンプライアンス意識の欠如や内部統制の不備と相まって、不適切行為の温床となっていたと考えられます。
件外調査の結果
長大の調査と併せて、子会社である基礎地盤コンサルタンツ株式会社と、その他の子会社9社についても調査を実施しました。
基礎地盤コンサルタンツにおいて、複数の不適切行為が確認されました。
まず、外注費と経費の付替えについては、九州支社設計一部、中部支社工務課、関西支社地盤技術部において、終了案件の外注費を別案件に付け替える行為が行われていました。また北海道支社地盤技術部では、案件契約前に取得した登記・公図費用を別案件へ付け替えていました。
さらに人工の付替えについても、複数の支社・部署において確認されました。
これは上長からの指示または従業員の自発的な判断により行われ、約20年前から継続的に行われていたとみられます。その背景には、原価率管理や赤字案件に関する説明の回避、日報入力の手間削減などの理由があったことが判明しています。
一方、基礎地盤コンサルタンツ以外の子会社9社については、同様の不適切行為や類似する行為は確認されませんでした。
原因分析
不適切行為等を行うに至った動機
不適切行為の第一の動機は、社内稟議の回避でした。
長大では、原価率が所定の割合を超える変更や赤字引渡業務が発生する場合には稟議が必要とされていました。しかし、従業員は稟議手続を煩雑なものと捉え、一種のペナルティのように認識していたため、これを避けようとしていました。
また、案件終了後の修正作業に必要なサービス工号の取得についても、同様に手続の煩雑さを理由に回避する動きがありました。
第二の動機として、目標値の達成と翌期の目標達成可能性の増加が挙げられます。
長大の各部門では期初に目標が設定されており、原価率の目標達成のために、当期の工号から支払うべき外注費を翌期以降の工号から支払うなどの不適切な処理が行われていました。
また、目標を達成した期においては、翌期以降の工号の原価率に余裕を持たせるために、可能な限り当期の原価率に余裕のある別の工号から支払を行うといった操作も行われていました。
第三の動機は、部署の評価の維持と悪化防止でした。
部門ごとに設定された目標の達成度は、部門及びその部門に所属する従業員の人事評価やボーナス等の給与査定に影響していました。そのため、目標を達成できないことによる不利な評価を避けたいという意識や、一種のプレッシャーが存在していました。
さらに、基礎地盤コンサルタンツにおいても同様の動機が確認されました。
原価率が設定値を超えないようにする必要性や、赤字案件に関する理由説明の回避、日報入力の手間削減といった理由から、不適切な処理が行われていました。
会計ルールに対する認識の欠如、不十分な理解、教育の不足
長大の技術部門では、不適切行為について会計上の問題があることを確定的に認識していた従業員はほとんどいませんでした。管理職を含む多くの技術部門の従業員は、外注費や人工の付替えについて、顧客への請求額に影響がないため問題ないと考えるか、あるいは会社への影響は微々たるものと認識していました。
この会計知識や会計ルールに対する認識の欠如は、「技術畑」の従業員が十分な会計・経理上の知見を得る機会を持てなかったことに起因します。また、そのような知見の必要性自体への意識も不足していました。
基礎地盤コンサルタンツでも同様の状況が見られ、本社からのルール等に関する周知・教育不足が指摘されています。
これは個々の従業員の問題というよりも、全社的な会計ルールの周知徹底と遵守の必要性の啓蒙が不十分だったことを示しています。
長年の慣行
これらの不適切行為は、多くの従業員にとって、入社時や配属時から上長の指示や承認のもとで行われており、あるいは同僚が当然のように行っているものでした。そのため、多くの従業員は、本不適切行為を通常の業務の一環または事実上やむを得ない処理方法として認識しており、これが問題のある行為だという意識を持っていませんでした。
過去に現場経験のある事業部長以上の役職者や取締役の中には、不適切行為やこれと類似の行為を行った経験がある、あるいは過去に周囲で行われていたことを知っていた可能性が高いと考えられます。しかし、長大において、これまでに不適切行為の全容を解明し、徹底的に是正することはできていませんでした。
不適切行為を可能とした機会
長大において不適切行為が可能となった要因として、主に3つの機会が存在していたことが挙げられます。
まず1つ目は、システムと業務フローの仕組みに起因する機会です。
長大の社内システムでは、実際に作業をした案件とは別の案件を使用して外注先への発注を行うことが可能でした。また、管理職にある従業員が自身の担当案件について、実行予算の作成と承認を同時に行える体制となっていました。
さらに、一度日報に入力した人工について、事後的に他の案件のものに振り替えることができるシステムとなっていました。
2つ目は、牽制機能が十分に働いていなかったことです。
管理技術者と技術部長が同一人物であることが多く、相互牽制が適切に機能していませんでした。また、技術部長が実行予算の作成や変更を行うことができ、別案件への付け替えが容易な状況でした。事業部長による承認も形式的なものとなっており、不自然な発注書や請求書が長年にわたって見過ごされていました。
加えて、内部監査部門の人的リソースが不足していたことも、早期発見を妨げる要因となっていました。
3つ目は、外注先による協力を可能としていた点です。
長大の一部管理職と外注先との間に癒着的な関係が構築されており、このことにより、実際の案件とは異なる案件名での発注や請求が可能となっていました。
3ラインモデルによる検討
不適切会計に関して、3ラインモデルの観点から、各ラインの問題点をあらためて検討してみました。
第1ライン
会計ルールに対する認識の欠如・誤解:
多くの従業員が、外注費や人工の付替えは、顧客への請求額を増額するものでも、会社に不当な利益を与えるものでもないため、問題ないと認識していました。あるいは会計上の問題があることを認識していても、会社への影響は微々たるものと考えていました。
目標達成を優先する意識:
各案件の原価率を維持し、赤字発生や稟議を回避するために、また、部門目標の売上高・粗利益を達成するために、不適切行為を行っていました。
長年の慣行の継続:
入社当初から上司や同僚が不適切行為を行っているのを目の当たりにすることで、それを通常の業務の一環と捉え、問題意識を持たずに続けていました。
一部部署における組織風土:
一部の部署では、上司の叱責を恐れ、指示に逆らえずに付替えを行ったり、内部監査を逃れるための隠蔽工作が行われていました。
第2ライン
牽制機能の不十分さ:
管理技術者と技術部長が同一人物であるケースが多く、相互牽制が機能していませんでした。また、販売部門の長は、案件費用の詳細を把握しておらず、技術部門に対する牽制が不十分でした。
第3ライン
人的リソースの不足:
内部統制センターは、社長直轄組織として内部監査部門と内部統制監理部門を擁し、貴社グループ全体のリスク管理、内部監査、J-SOX監査、ISO監査などを担当しています。しかし、内部統制監理部に所属している担当者数が限られており、貴社グループ全体の規模や海外子会社を含めた子会社の数に照らして、人的リソースが不足している状況でした。
リスク分析・対応の不備:
長年にわたり、長大および基礎地盤コンサルタンツにおいて、原価の付け替えなどの不正を見抜けなかったことから、リスク分析と対応策が不十分だったと言えます。
不正を早期に発見できる体制が整っていなかった:
内部監査を端緒として不正は発見されましたが、それまで長年にわたって見過ごされていたということは、不正を早期に発見できる体制が整っていなかったことを示しています。
サンプルチェックが不十分だった可能性:
内部監査部門は、事業部門に対して継続的にモニタリングを行っており、所定の数以上の人工の事後的な変更がなされている場合には、詳細を確認しているとのことですが、原価付け替えによって予算と実績の乖離が小さく見えるように操作されているケースを見抜けなかったことから、サンプルチェックの範囲が限定的だった、あるいはチェック項目が適切でなかった可能性も考えられます。