株式会社サンウェルズは、パーキンソン病専門ホーム「PDハウス」や医療特化型住宅、グループホームを運営する会社です。
2024年9月2日、PDハウスの訪問看護で「1日3回」「複数人での訪問」を必須とする不適切な診療報酬請求の疑いが報道されました。サンウェルズは翌日に事実無根と反論しましたが、問題の有無を明確にするため、9月20日に社外の専門家による特別調査委員会を設置し、客観的な業務実態の調査を依頼しました。
この記事では、サンウェルズが公表した特別調査委員会の調査報告書に記載されている不正の内容、発生原因に焦点を当てて要約しています。
※詳細は株式会社サンウェルズ特別調査委員会「調査報告書」(PDF)をご確認ください。
会社概要
- 資本金:3,500万円(2024年3月末現在)
- 従業員数:2,435人(外、臨時雇用86名 2024年3月31日現在)
- 売上高:21,360百万円(2024年3月期)
- 事業概要:PDハウスは、重症度の高いパーキンソン病患者が入居する専門の有料老人ホームであり、パーキンソン病は手足の震えや動作の緩慢、自律神経症状、精神症状など多様な症状がある進行性の難病で、PDハウスでは24時間体制で医療・介護・リハビリを提供している。また、サンウェルズは医療特化型住宅「太陽のプリズム」も運営しており、認知症やがん、その他難病の患者に医療・生活支援を提供している。
コーポレートガバナンス体制
- 取締役会:8名(うち監査等委員4名)で構成され、毎月1回定時開催
- 監査等委員会:独立社外取締役の監査等委員4名で構成され、毎月1回定時開催
- 経営会議:代表取締役社長、常勤取締役、常勤監査等委員及び部長・室長の他、必要に応じて代表取締役社長が指名する者で構成され、取締役会への付議予定事項及び報告予定事項の協議等を行う
- 指名報酬諮問委員会:代表取締役社長、社外取締役4名で構成
- 特別委員会:委員は取締役会決議で選定された独立社外取締役4名で構成され、支配株主と少数株主の間の利益相反問題の監視・監督を行う
- リスクマネジメント・コンプライアンス委員会:原則月1回開催
- サステナビリティ委員会:原則6か月に1回開催
医療保険制度上の訪問看護の仕組みの概要
医療保険制度における訪問看護とは、居宅で療養中の者に対して看護師等が行う療養上の世話や診療の補助を指します。指定訪問看護事業者は、この訪問看護の費用を診療報酬として保険者から直接受給することができます。
診療報酬の算定方法については、訪問看護基本療養費が基本となり、30分から1時間30分程度を標準として算定されます。
これに加えて、1日2回以上の訪問時には難病等複数回訪問加算、複数の看護師等による訪問時には複数名訪問看護加算、夜間・早朝や深夜の訪問時にはそれぞれの時間帯に応じた加算が算定できます。
また、訪問看護の管理に関する費用として訪問看護管理療養費も設定されています。
サンウェルズの訪問看護事業の概要
サンウェルズの訪問看護事業は、PDハウス等において入居者に対して訪問看護サービスを提供するものです。同一施設内では訪問看護に加えて、訪問介護や有料老人ホームとしてのサービスも複合的に提供されています。
訪問看護の実施においては、まず入居時に主治医から訪問看護指示書を受け取り、それに基づいて看護師が訪問看護計画書を作成します。その後、計画に従って訪問看護を実施し、電子カルテシステム(iBow)で記録を作成します。
これらの記録に基づいて診療報酬の請求を行い、また主治医に対して訪問看護報告書を提出します。このような一連の手順に従って、各PDハウス等で訪問看護サービスが提供されています。
調査により判明した事項
訪問数等既定事案について
サンウェルズでは2022年1月以降、ホーエン・ヤール重症度分類Ⅲ度以上のパーキンソン病患者に対して、1日3回かつ複数名での訪問を標準とする方針を全PDハウス等で採用していました。
この背景には、患者の症状の日内変動や転倒リスクへの対応が必要という考えがありましたが、施設長や看護師の多くはこの方針を必須のものと認識していました。
短時間訪問事案について
短時間訪問に関しては、日中は約1%(29,351件)が確認され37施設で、就寝時間帯は約19.8%(171,546件)が確認され41施設で実施されていました。これらは数秒から数分の確認にもかかわらず、約30分の訪問として記録し診療報酬を請求していたものです。
特に就寝時間帯の短時間訪問が多く発生した主な理由として、就寝中の入居者の睡眠を妨げないようにする配慮があったことが判明しています。
同行者不在訪問事案について
同行者不在訪問については、日中は36施設、就寝時間帯は39施設で確認されました。同行者が実際には同行していないか、数秒のみの同行であったにもかかわらず、複数名での訪問として請求していました。
この主な理由として、同行予定の介護士が他の入居者のナースコール対応に追われるなどの状況があったことが分かっています。
類似事案調査について
訪問介護事業においても類似の問題が存在する可能性が指摘されましたが、訪問介護は短時間での訪問が制度上想定されていることや、複数回訪問の加算制度がないこと、要介護度に応じた区分支給限度基準額の範囲内でサービスが提供されることなど、訪問看護とは異なる特徴があります。
そのため、現時点では訪問介護事業について同程度の調査は必要ないと判断されましたが、今後サンウェルズが自主的な調査・検証を行うことが望ましいとされています。
上層部の関与及び認識等に関する判明事実
1日3回及び複数名訪問の標準化の経緯
サンウェルズの訪問看護事業において、1日3回かつ複数名による訪問が標準的な運用として定着した経緯について調査したところ、事業立ち上げ当初からパーキンソン病患者の特性を考慮し、頻回かつ手厚い訪問看護を提供する方針が取られていたことが分かりました。
その後、事業の拡大に伴い人員配置基準の見直しが行われ、1日3回訪問を前提とした体制が確立されることで、現場の柔軟な運用が難しくなっていきました。
本社では、この訪問体制をマニュアルに明文化し、各施設へと展開したが、現場の看護師にとってはこの運用が義務のように受け止められ、個別の利用者の状況に応じた適切な判断が難しくなりました。
さらに、事業の収益確保を目的として売上目標が設定されたことで、1日3回訪問や複数名訪問が維持されるインセンティブが生じ、運用の硬直化を招きました。
結果として、こうした背景が不適切な診療報酬請求につながる要因となったと考えられます。
短時間訪問及び同行者不在訪問に係る上層部の関与・認識
短時間訪問や同行者不在訪問の実態については、現経営陣が直接的に指示を出した証拠は確認されなかったものの、一部の経営陣は個別のケースとしてそれらが発生していることを認識していたことが判明しました。しかし、それが全社的に広がっている問題であるとは捉えていませんでした。
このような訪問形態が広まった背景としては、看護師の負担軽減やスケジュール管理の観点から短時間での訪問が行われたことや、夜間のナースコール対応を優先するために同行者が不在となる状況が生じていたこと、さらには売上確保のプレッシャーによって診療報酬の請求を最大化する傾向があったことが挙げられます。
これらの要因が複合的に作用し、短時間訪問や同行者不在訪問が常態化していったと考えられます。
実態を認識し得た機会の存在
経営陣が問題の実態を認識し得る機会は複数回ありました。
2022年4月には入居者から訪問看護の実態に関する意見書が提出され、看護師や職員からも内部通報が寄せられていたほか、社員満足度調査でも訪問看護に関する問題が指摘されていました。
しかし、経営陣はこれらの情報を個別事例として扱い、深刻な問題として受け止めることなく、全体像を把握するための十分な調査を行いませんでした。
その結果、事態の把握が遅れ、問題の是正が行われないまま今日に至ることとなりました。
原因分析
訪問看護事業を推進するための基盤となるリスク分析・評価等のための体制が不十分
1日3回および複数名訪問の方針が標準化されたことで、現場の看護師はこの方針を必須のものと誤認し、柔軟な対応が困難となっていました。しかし、経営戦略部はこのリスクを十分に認識せず、目標単価の設定などを通じて現場に間接的な圧力をかける形となり、訪問の形式が固定化されました。
本来であれば、標準的な訪問形式であっても、個々の患者の状態に応じて適切に調整できるようなガイドラインを整備すべきでしたが、そうした対策は講じられませんでした。
内部統制の機能不全
本来、事業運営においては、第一線の現場スタッフ、管理部門、内部監査部門の3つの防衛線が適切に機能する必要があります。しかし、第一線の現場では、1日3回訪問や複数名訪問が義務化されていると誤解されていたため、訪問回数や訪問者数の見直しが適切に行われていませんでした。
また、管理部門においても、訪問看護の実態を十分に把握する仕組みがなく、適切な指導やチェックが機能していませんでした。
さらに、内部監査部門でも、訪問看護記録の形式的な確認にとどまり、実際の訪問内容や看護行為の適正性を検証する体制が不十分でした。
そのため、問題が発生しても適切な是正措置が取られることなく、状況が悪化していきました。
訪問看護の適切なオペレーションに関する教育・研修の不足
訪問看護事業を適切に運営するためには、看護師が診療報酬の算定ルールや訪問回数・方法の適正な判断基準を理解していることが重要です。しかし、サンウェルズでは、これらの知識を体系的に学ぶ機会が不足しており、現場の看護師が自主的に適正な判断を下すことが困難な状況にありました。
その結果、短時間訪問や同行者不在訪問が常態化し、施設ごとに不適切な訪問方法が定着してしまいました。
訪問数等既定事案の個別原因
訪問看護の回数や人数に関する問題の原因として、施設への売上目標が高く設定されていた点が挙げられます。
関東事業部会では81万円が合格ラインとされ、2023年と2024年の人事評価制度でも、看護主任らの目標値として81.9万円が設定されていました。この単価は前年度のPDハウス全体の平均値を基に設定されていますが、月単価80万円を超えるためには、入居者の多くに対して1日3回の訪問と複数名での訪問が必要な水準でした。
診療報酬請求の方法が限られている中で、施設長は目標達成のために1日3回・複数名訪問を既定の形として運営せざるを得ず、これにより現場の施設長や看護師の間で、そうした訪問形態が必須という認識が形成されていったと指摘できます。
短時間訪問事案及び同行者不在訪問事案の個別原因
短時間訪問や同行者不在訪問については、事業運営の構造的な問題も影響していました。
例えば、就寝時間帯の訪問では、患者の睡眠を妨げないよう配慮する必要があり、結果として訪問時間が短縮される傾向がありました。
また、施設の人的リソースが不足していたため、ナースコール対応などの業務が重なり、計画された訪問において看護師が単独で対応せざるを得ない状況が発生していました。
このように、組織的な問題や人的要因が重なり、短時間訪問や同行者不在訪問の拡大につながったと考えられます。
3ラインモデルに関する問題点
3ラインモデルの観点から、調査報告書をもとに、不正における問題点を以下のようにまとめてみました。
第1のライン(業務部門・現場)
- 誤った業務運用の定着:現場の看護師の多くが「1日3回・複数名訪問が必須」と誤解し、個別のアセスメントによる適切な訪問回数や帯同者の要否の見直しが行われていなかった
- 訪問看護の記録不備:iBowのタイマー機能を活用せず、訪問時間や同行者の帯同状況が正しく記録されていなかった
- 教育・研修不足:適切な訪問看護の運用ルールに関する教育・研修が提供されず、現場で誤った理解が広まっていた
第2のライン(リスク管理・コンプライアンス部門)
- 管理機能の欠如:訪問看護の適正性を管理する権限を持つ管理本部の部署が明確に定められておらず、総務部や教育部は十分な管理機能を果たせなかった
- 経営戦略部の影響:経営戦略部が各施設の売上・単価目標を設定し、「1日3回・複数名訪問」を前提とする数値目標を課したことで、現場がこれを遵守しなければならない状況に追い込まれた
- 内部通報・問題提起への対応不足:短時間訪問や同行者不在訪問の問題を把握できる機会があったにもかかわらず、適切なリスク分析や対応が行われなかった
第3のライン(内部監査部門)
- 監査の範囲が限定的:内部監査室の監査は書類の有無確認に偏り、訪問看護の内容や時間、同行者の有無など現場の実態を検証する監査が実施されていなかった
- モニタリング機能の不全:訪問看護の運用が適正に行われているかを継続的に監視する仕組みが機能しておらず、問題の発生・継続を許してしまった
コーポレートガバナンスに関する問題点
調査報告書をもとに、コーポレートガバナンス等に関する問題点を以下のようにまとめてみました。
取締役会の問題
不適切なリスク管理と内部統制の監督不全:
- 取締役会は、訪問看護事業の急拡大に伴うリスクを適切に分析・評価せず、内部統制が十分に機能していないことを認識していなかった
- 経営戦略部主導で事業が展開される中で、リスク抑止の仕組みを構築することなく事業成長を優先した
経営陣による不正行為の見過ごし:
- 短時間訪問や同行者不在訪問が全国のPDハウスで広まっていたにもかかわらず、取締役会はそのリスクを軽視し、実態調査を行わなかった
- 取締役会は、内部通報や問題提起が複数回発生していたことを認識しながら、問題の深刻さを理解せず、対応が後手に回った
報道対応の問題:
- 2024年9月の報道前後に、取締役会は事実関係の詳細な調査を行わず、不正の存在を否定する適時開示を行った
- 報道機関への回答を準備する際、不正行為の可能性を認識しながらも、調査を経ずに「不正の横行はない」と結論づけた
監査等委員会の問題
監査機能の不全:
- 監査等委員会は、訪問看護の現場における問題を適切に監査せず、業務実態のチェックが不十分であった
- 監査対象が書類確認に偏り、実際の訪問看護の運用に切り込んだ監査が行われなかった
リスク管理の監督不足:
- 訪問看護の短時間訪問や同行者不在訪問のリスクが拡大する中、監査等委員会はこれを見抜けず、適切なリスク評価を行わなかった
- 取締役会に対してリスク管理の不備を指摘し、改善を促す役割を果たせなかった
経営陣の問題
不適切な事業推進:
- 経営戦略部が訪問看護の単価目標を設定し、結果として「1日3回・複数名訪問」を基準とする運用が強化されたが、経営陣はそのリスクを十分に評価しなかった
- 訪問看護事業の急成長に伴う管理体制の整備が追いつかず、適切なリスク管理体制を構築できなかった
問題認識の遅れ:
- 経営陣は、短時間訪問や同行者不在訪問の事象を一部認識していたものの、それが全社的に広がっているという認識を持っていなかった
- 2022年4月の入居者からの問題提起や内部通報を軽視し、問題の深刻さを十分に把握しなかった