【DTS】DDの死角:子会社で発覚した贈賄

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第三者委員会等調査報告書の要約

 株式会社DTSは、Y国子会社X社からの内部通報により、取引先からのキックバックと不正な支払いに関するコンプライアンス違反の疑いを把握しました。X社の売上高は連結売上高の約1%と小規模でしたが、調査過程で公務員への不適切な支払いが発覚し、Y国汚職防止法違反の可能性が浮上しました。

 これにより、法的制裁等の偶発債務や影響を確認する必要が生じました。そこでDTSは2024年5月24日の取締役会決議により、外部弁護士、公認会計士、常勤監査等委員である取締役で構成される特別調査委員会を設置し、客観的かつ公正な調査を実施することを決定しました。

 この記事では、同社が公表した特別調査委員会の調査報告書に記載されている不正の内容、発生原因に焦点を当てて要約しています。

※詳細は特別調査委員会「調査報告書」(PDF)をご確認ください。

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株式会社DTSの会社概要

資本金:6,113百万円(2024年3月末)
従業員数:6,157人(2024年3月末・連結)、3,111人(2024年3月末・単体)
企業集団の構成:株式会社DTS、連結子会社14社及び非連結子会社1社
事業内容:主に情報サービス業

コーポレートガバナンス体制:
・取締役会は社外取締役6名を含む10名で構成され、経営の重要事項を決議
・監査等委員会は社外取締役3名を含む4名で構成され、業務執行の監査を実施
・指名・報酬委員会は代表取締役社長と社外取締役3名で構成され、取締役の報酬・指名を審議
・執行役員制度を採用し、15名の執行役員を選任。経営会議で重要事項を協議
・その他、リスクマネジメント委員会、サステナビリティ委員会、危機管理の対策本部を設置
・会計監査は2021年3月期以降、EY新日本有限責任監査法人が実施

X社の概要

事業内容

 X社はY国に所在する会社で、主に以下の3つの事業を展開しています。

金融関連事業
  • 金融機関向け自社パッケージ製品の開発・導入
  • 基幹系製品、当局報告系製品、融資管理系製品等を取り扱い
  • 中小の銀行やノンバンクが主要顧客
  • 融資管理系製品では、実装困難な機能を付加した案件で導入遅延の問題が発生
人材派遣事業
  • IT関連スタッフ増強、バックオフィス業務のアウトソーシング等
  • Y国内財閥グループ関連企業や地方自治体が主要顧客
金融関連ライセンス事業
  • 顧客へのサービスビューロ運営や関連製品の導入・保守

DTSによるデューデリジェンス(DD)の実施状況

 DTSは当初出資時と追加出資時の2回DDを実施しました。当初出資時は、出資規模が小さいことを考慮し、法務、財務、事業の3分野で限定的なDDを行い、人事とITは未実施でした。特に法務DDでは、許認可やコンプライアンスの確認は行われましたが、公的機関との取引があることは把握されていたものの、贈賄リスクの評価は行われませんでした。

 追加出資時には財務・税務DD及び法務DDを実施し、重大な指摘事項は発見されませんでしたが、ここでも贈賄リスクの評価は行われませんでした。

経営管理体制の変遷

 DTS当初出資後は非常勤取締役3名が就任したものの、X社の業務執行には関与していませんでした。 子会社化後は非常勤取締役が5名に増員され、B氏が業務執行取締役に就任、DTSグループとしての管理体制の構築が開始されました。

 2020年にはC氏のタイムシート改ざんによる売上前倒し計上が発覚し、A氏が暫定CEOに就任。その際、スタッフ部門はA氏が、事業部門はB氏が統括する体制となりました。2024年4月からはD氏が新CEOに就任し、B氏は業務執行取締役を退任、組織を「フラットなシステム」として再編しています。

ガバナンス体制およびコンプライアンス体制

 ガバナンス面では、監査委員会が従来から設置され監査機能を担っていますが、現在は再構成が必要な状況です。内部監査は外部委託により四半期ごとに実施され、監査委員会と取締役会に報告されています。

 コンプライアンスについては、専門部署は設置されておらずCFOが担当していますが、2018年から行動規範が、2020年から反汚職・反贈賄ポリシーが整備され、年1回の研修も実施されています。また、内部通報制度も整備され、DTSグループのホットラインと独自の通報窓口が設けられています。

DTSによる管理状況

 DTSはPMIとして月次業績報告の充実化や重要規程の整備、内部監査強化などを実施しました。これらは当初2021年3月期からの運用開始を予定していましたが、CEO交代の影響で約1年遅延しました。

 2023年4月からはDTSのHセグメントに所属し、業績管理が行われています。グローバルビジネス推進部は2018年から2020年にかけてPMI支援のため社員を常駐させ、その後も事業継続判断のための現地調査を実施しています。

 監査室は2021年以降、毎年内部監査を実施し、重要規程の整備・運用状況等を確認しており、2024年の監査では外部委託による売上計上の適正性や報酬・経費等の妥当性の確認も行われました。しかし、この監査の過程で本件内部通報につながる指摘がなされることとなりました。

認定された事実関係

 2024年3月の内部通報を契機として調査を実施した結果、2020年3月期から2024年3月期において、合計107百万円の不適切な支払いが認められました。その大半は金融関連事業における顧客関係者への支払いでした。

金融関連事業における不適切な支払い

 X社は2011年頃から、新規案件獲得や請求書支払いを受けるため、協同組合銀行の幹部に対して組織的に不適切な支払いを行っていました。具体的には、まず営業メンバーが顧客銀行幹部からの要求に応じて金額を合意し、プロジェクトのコストシートに「雑費」として予算化していました。この金額は総売上や総原価の5~10%程度に相当しました。

 支払いの実行に際しては、CFOのE氏が仲介業者とのネットワークを構築し、架空の技術支援等の業務委託契約を締結していました。仲介業者への支払い後、コミッションと源泉所得税を差し引いた現金を回収し、これを営業担当者等を通じて顧客銀行幹部に直接手渡すか、オンライン送金で支払っていました。

 この不適切な支払いは、X社の財務部門、営業部門、デリバリー部門のほぼ全ての管理職が認識しており、CEO等の経営陣の承認のもと組織的に実行されていました。また、少額の場合には仲介業者を利用せず、社員の旅費として前払いされた資金を流用するケースもありました。

税務当局関係者等への不適切な支払い

 税務当局をはじめとする公的機関関係者への不適切な支払いも確認されました。2023年6月から9月にかけては、過去の所得税還付を受けるため税務当局幹部への支払いが行われ、より低額の源泉徴収証明書発行を促すための支払いも2回にわたって実施されました。

 また、関係書類・記録が提供できないことによる地方税を回避するためR地方自治体関係者への支払い、非通例的な配管に関する制裁を回避するためS産業開発公社関係者への支払いなども行われていました。

DTS側非常勤取締役の関与

 2020年1月頃、X社の取締役会に関連して、「政府系」顧客への不適切な支払いの存在がDTS側の非常勤取締役に伝えられました。この際、具体的なスキームや金額までは説明されませんでしたが、「政府系」の顧客であることは伝えられていたと認められます。

 しかし、非常勤取締役は詳細な事実確認や専門家への相談といった対応を取らず、曖昧な形で現場に善処を求めるにとどまりました。特別調査委員会は、非常勤取締役が法令違反の可能性を明確に認識して承認した証拠はないものの、重要なリスク情報を把握しながら適切なフォローを怠ったと評価しています。

内部通報後の初動対応

 2024年3月1日と3日に内部通報を受けて以降、DTS社長を中心とした対策会議で対応が協議されました。3月25日には現地法律事務所から、銀行員への不適切な支払いがY国汚職防止法違反となり得る重要な指摘を受けましたが、この情報が社内で十分に共有されませんでした。その結果、4月17日に開始された当初の不正調査では本事案をESIレビューの対象外としてしまいました。

 その後、5月10日に現地法律事務所から初期的評価書を受領し、協同組合銀行の顧客銀行幹部への不適切な支払いが7~8年継続していたこと、税務当局を含む政府機関への支払いの可能性、これらが複数の法令に違反する可能性があることが指摘されました。これを受けてDTSは特別調査委員会の設置を決定しました。

 なお、特別調査委員会の調査の結果、DTSの役職員が本事案を意図的に監査法人に隠蔽したり、報告を先延ばしにしたりした事実は認められませんでした。ただし、有事対応における情報共有の不備により、対応が遅れた点は否めないと判断しています。

連結財務諸表に対する影響

 X社における不適切な支払いは、全て同社の個別財務諸表において費用処理されていました。これらの支払いは本来財務諸表に計上されるべきではありませんが、不適切な支払いの相手方や関与者からの回収は困難と判断されるため、結果として全額費用処理は避けられないと考えられます。したがって、本来計上すべき費用科目は異なるものの、DTSの連結財務諸表に対する損益影響は発生しません。

 調査対象期間(2020年3月期から2024年3月期)における具体的な金額は以下のとおりです。

  • 損益計算書上の費用計上額:110百万円
  • 実際の不適切な支払い金額:107百万円
  • 差額:△2百万円

 費用計上額には、2024年3月末時点で支払い合意があったものの未払いの8百万円が引当金として含まれています。また、不適切な支払い金額には、この引当金計上分に加え、費用計上されていなかった合意額10百万円も含まれています。

 なお、これらの不適切な支払いはY国汚職防止法その他の法令違反や顧客との契約違反を構成する可能性があります。そのため、X社に対する罰金による法的制裁や契約上の損害賠償義務などの偶発債務その他の派生的な影響が生じる可能性があります。DTSは、こうした影響の有無や影響額を見積もった上で、必要に応じて引当金の計上や注記といった対応を検討する必要があります。

発生原因の分析

 特別調査委員会は、X社における不適切な支払いが2011年から継続していた事実を踏まえ、贈賄リスクが高いとされるY国でDTSがX社を子会社化した経緯に着目して分析を行いました。特に出資時のデューデリジェンス(DD)における贈賄リスクへの注意度と、子会社化後の管理体制の改善状況を重点的に検討しました。

DTSの問題

出資時のDDにおける贈賄リスク対応の問題

 DDは2回実施されましたが、いずれも贈賄リスクの評価は行われませんでした。Y国は一般的に贈賄リスクが高い国とされており、DTSにとって初めての海外ノンオーガニック拠点への出資であったことを考えると、より慎重な検討が必要でした。

子会社化後の管理(PMI)の問題

 PMIでは月次報告や重要規程の整備は行われましたが、贈賄リスクを含むコンプライアンスリスクの把握・評価は実施されませんでした。また、DTS側の非常勤取締役が「政府系」顧客への不適切な支払いの存在を把握しながら、適切なフォローを行わなかった点も問題でした。

グローバル戦略を推進する知見や体制の問題

 X社への出資については、様々な問題が生じていました。例えば、予算制約による限定的なDD、クロスボーダーM&A経験者の不在、想定と異なる製品開発力、当初計画していた米国展開の困難さなど、グローバル戦略を推進する知見や体制が不十分な状態での投資判断となっていました。

有事対応における情報共有の問題

 内部通報後の対応において、Y国の法令違反となり得る重要な情報が社内で十分に共有されず、決算・監査への影響の認識も遅れました。これにより、初動対応が遅延し、事態が長期化することとなりました。

X社の問題

経営トップのコンプライアンス意識の問題

 歴代の経営トップが不適切な支払いを承認していました。贈収賄規制の詳細な認識はなかったかもしれませんが、コンプライアンスを軽視していた点は明らかです。

コンプライアンス体制の問題

 行動規範や反汚職・反贈賄ポリシーは整備されていましたが、専門部署や担当者が不在で、Y国の贈収賄規制に関する重要な情報が役職員に伝わっていませんでした。そのため、不適切な支払いを業界の慣習と捉える意識が醸成されていました。

外部の共謀者の存在

 仲介業者のネットワークを通じた不適切な支払いの実行が可能となっていました。業者選定における適格性チェック、発注段階での事前チェック、支払時の役務提供内容の確認など、様々な内部統制上の問題がありました。

ガバナンスの問題

 監査委員会は設置されていましたが、業務執行者自身が委員を務めるなど、経営者を監督するガバナンスが有効に機能していませんでした。また、内部監査ではコンプライアンス体制や運用状況に着目した監査が行われていませんでした。

DTSが取るべきだった出資時DDの対応

 DTSはX社の子会社化において、2度に渡りDDを実施しました。しかし、いずれの場合も贈賄リスクを認識・評価するためのDDは実施されておらず、贈賄リスクに関する検討は特段行われませんでした。

なぜ贈賄リスク対応が必要だったのか

 Y国は一般的に贈賄リスクが高い国として認識されています。DTSはY国における事業展開の経験がなく、海外ノンオーガニック拠点への出資も初めてのケースでした。 こうした状況下では、DDによる慎重な検討が不可欠でした。

 特に、X社の金融関連事業における顧客関係者への不適切な支払いは、DTSが当初出資する前の2011年から行われていた可能性があります。 X社の役職員の間では、経営者が公然と不適切な支払いを承認し、業界では慣習的に行われている行為であるという認識が広まっていた可能性があります。

 もし、DTSが贈賄リスクを認識・評価するためのDDを実施し、役職員へのインタビューなどを実施していれば、X社における不適切な支払いの実態を把握できた可能性があります。 これはDTSの出資判断に影響を与える重要なリスク情報となり得たと思われます。

具体的な対応策

Y国における贈賄リスクに関する調査

 Y国の法令、規制当局の摘発事例、業界慣習などを調査し、X社が直面する贈賄リスクを具体的に把握する必要がありました。

X社のコンプライアンス体制の評価

 X社の反贈賄ポリシー、内部通報制度、コンプライアンス研修などを精査し、その有効性を評価する必要がありました。

X社の役職員へのインタビュー

 顧客との取引における贈答・接待の慣行、不適切な支払いに関する認識などを把握するため、X社の役職員、特に営業部門の責任者や担当者へのインタビューを実施する必要がありました。

取引業者に関する調査

 X社が取引業者を通じて不適切な支払いをしていた可能性を考慮し、主要な取引業者に関する調査を実施し、不適切な関係がないかを確認する必要がありました。

DD以外の対応策

 DDの結果、贈賄リスクが高いと判断された場合、以下のような対応の検討が考えられます。

出資契約における表明保証条項の活用

 X社に対して、贈賄に関与していないことを表明保証させる条項を出資契約に盛り込むことで、リスクを軽減する必要があります。

買収後の統合プロセス(PMI)におけるコンプライアンス強化

 X社の子会社化後、DTSのコンプライアンス基準をX社に導入し、内部統制を強化するためのPMIを実施する必要があります。

必要に応じた出資の見送り

 贈賄リスクがあまりにも高いと判断された場合には、X社への出資を見送ることも選択肢として検討すべきです。

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