2024年11月、株式会社フコクの中国上海市にある連結海外子会社「上海富国橡塑工業有限公司」(以下、上海フコク)において、財務部門を担当する副総経理が月次財務資料に大きな予実乖離を発見しました。
社内調査の結果、財務部会計チーム長のX氏が約2000万人民元(約4億1700万円)を不正着服した疑いが判明しました。この事態を受け、フコクは取締役会で特別調査委員会の設置を決議し、調査を実施することにしました。
この記事では、フコクが公表した特別調査委員会の調査報告書に記載されている不正の内容、発生原因に焦点を当てて要約しています。
※詳細は株式会社フコク特別調査委員会「調査報告書」(PDF)をご確認ください。
会社概要
株式会社フコク
- 資本金:13億9,535万円
- 従業員数:1,153名(正社員) ※2024年9月末日現在
- 売上高(連結):88,847百万円 ※2024年3月期
上海フコク(上海富国橡塑工業有限公司)
- 株主構成:株式会社フコク(80%)、上海農工商集団蘆潮港有限公司(以下、上海農工商集団)(20%)
- 事業内容:中国においてゴム製品(タイヤ、天然ゴムを除く。)、シリコンゴム製品、樹脂製品及び金属製品の加工、製造、販売及びアフターサービスを主な業務としている
ガバナンスの状況
- 株主会:株主であるフコク及び上海農工商集団により構成され、各株主が出資比率に応じて議決権を行使する
- 董事会:8 名の董事により構成され、フコクから6名(うち1名は董事長)、上海農工商集団から2名(うち1名は副董事長)
- 監事:定款によりフコク及び上海農工商集団は1名ずつ計2名の監事を任命派遣する
- 経営管理機構:定款により、董事会の下に、経営管理機構である総経理1名及び副総経理2名を設置するものとされている
不正出金
不正出金の概要等
上海フコクの財務部会計チーム長であるX氏は、2011年1月~2024年10月の約13年9か月という長期間にわたり、会社資金を着服していました。着服手法には2つの類型があります。
- 類型①:上海フコクの小切手を不正に用いて銀行口座から預金を引き出し、その全部または一部を着服する手法
- 類型②:現金を着服する手法(主に類型①の補助的手段として使用)
X氏は、実在する証憑をコピー・流用して架空の伝票を作成し、正規の費用支払であるかのように偽装していました。本件不正出金の総額は約2,090万人民元(約4億1,700万円)に達します。
本件は、2024年11月に上海フコク副総経理Y1氏が月次の予算と実績の乖離に気づき、財務部マネージャーY9氏が調査した結果、発覚しました。銀行取引明細書を確認したところ小切手による大口の現金引出が見つかり、X氏に確認したところ着服を認めました。
X氏は2003年に上海フコク入社前、上海農工商集団で約6年間会計担当として勤務していました。入社以来、出納業務を一貫して担当していました。
不正出金の実行行為
X氏は不正出金を隠蔽するため、輸入関税、原材料支払、増値税、経費精算などの証憑をコピー・流用し、架空の伝票を作成して費用を二重計上していました。
こうした偽装工作では、着服額と偽装に使った証憑上の金額が一致しない場合があり、その差額を埋め合わせるために類型②が用いられることが多くありました。
典型的な手口(例:2017年1月24日の小切手使用)
- X氏は小切手を使って銀行から10万人民元を引き出し、全額を着服
- 着服を隠蔽するため、輸入原材料関税・増値税の支払に見せかける3つの架空銀行伝票(111,054.38人民元)を作成
- これらの伝票に過去の正規の「費用精算書」のコピーと「関税インボイス」の第一綴りを添付
- 小切手による着服額(10万人民元)と偽装用証憑合計額(111,054.38人民元)の差額11,054.38人民元を現金からも着服(類型②)
この手口は2011年から2022年までほぼ変わらず続けられ、犯行は露見しませんでした。
偽装に使用された勘定科目の変遷
X氏は当初、主に輸入原材料の関税支払を偽装に利用していましたが、2023年頃からは国内調達原材料の仕入代金も多用するようになりました。これはコロナ禍後に輸入原材料の輸入額が減少し、関税インボイスの流用が困難になったためです。
X氏の動機と着服金の使途
X氏は着服した資金を主に賭博の原資や賭博で作った借金の返済に充て、一部は金融商品の購入や生活費に使ったと述べています。
X氏の銀行口座履歴から、6名の個人との間で相互の入金・送金が確認されました。X氏によれば、これらはギャンブル仲間であり、無利息で借金していたとのことです。
X氏の犯人性および共犯の可能性
X氏は出納事務、記帳業務、原価管理を一人で担当していたため、不正出金を実行することが可能でした。
デジタル・フォレンジック調査や銀行口座履歴の分析からは、財務部元上長Y8氏、現上長Y9氏、元副総経理Y2氏、現副総経理Y1氏、総経理助理Y10氏らの関与を示す証拠は発見されませんでした。
ただし、一部の事例では、偽装工作に使われた費用精算書に貿易部の部門責任者Y13氏の署名がある原本が使用されていました。Y13氏は「定型的支払の承認プロセスでは特に異常がなければ承認していた」と説明しており、関与を示す明確な証拠は見つかりませんでした。
X氏の犯行を可能にした上海フコクの状況
財務部の人員体制および権限分配
上海フコクの財務部は2010年頃以降、財務部マネージャーと会計チーム長の二人体制で、これを副総経理が管理していました。財務部マネージャーは記帳全般の統括、決算処理、予算策定などを担当し、会計チーム長(X氏)は銀行・現金の受払い、費用精算、原価計算などを担当していました。
小切手管理の問題点
X氏は小切手帳を自ら保管・使用していました。財務部マネージャーY8氏は小切手の使用状況を確認しておらず、2023年9月に着任した副総経理Y1氏と財務部マネージャーY9氏は、上海フコクで小切手が使用されていることすら知りませんでした。
小切手への捺印については、印鑑管理者が小切手発行の目的等を確認・承認するシステムや、財務部内での相互チェック体制が構築されていませんでした。銀行口座の残高確認もX氏が行い、銀行取引明細書もX氏が保管していたため、不自然な小切手使用を発見できませんでした。
現金管理の問題点
現金を保管する金庫は、X氏が鍵、解錠、施錠、現金の出納記帳、残高管理と照合まで全て一人で管理していました。Y9氏もその前任者Y8氏も現金残高管理に一切関与していませんでした。
費用支払取引における承認プロセスの問題
上海フコクでは費用支払の際、承認された費用精算書に基づいて会計システムに記帳し、財務部マネージャーの承認を得る必要がありました。しかし実際には、X氏は承認の有無にかかわらず銀行伝票・現金伝票を印刷・保管しており、多くの伝票で「審査」欄が空欄のままでした。
Y8氏がマネージャーだった期間はX氏がシステム上の承認処理を単独で行うか、Y8氏が機械的に承認していたと思われます。Y9氏の期間も、月1回程度システム上で承認はしていたものの、証憑をもって内容確認はしていませんでした。
管理体制
フコクの子会社管理全般
フコクグループは連結子会社16社、持分法適用会社1社を持ち、主要海外子会社に拠点責任者を派遣していますが、子会社管理専門部署はありません。子会社関連の経営課題は各種会議体で審議され、各部門が所掌範囲で管理に関与しています。
2021年以降は中国エリア本部が上海フコクを管轄し、フコク(上海)貿易が地域統括会社の役割を担っています。「関係会社管理規程」は2018年以降更新されていません。
上海フコクに対するマネジメント人員の派遣
フコクは上海フコクに総経理・副総経理各1名を派遣していますが、2023年までは財務管理に精通した者はいませんでした。董事会メンバーや監事にもフコク派遣者がいますが、実質的な稼働はほとんどありません。
上海フコクの経理プロセスに係る内部統制へのフコクの関与
フコクでは子会社の内部統制は拠点責任者が一次的責任を負います。フコク財務部は連結業務として子会社増減分析(1,000万円以上の差異抽出)等を担当し、経営戦略室は業績管理として月次実績分析等を行っています。
内部監査室は年1回J-SOX対応の内部統制監査を実施していますが、上海フコクへの実地監査記録はありません。中国エリア本部やフコク(上海)貿易は上海フコクの経理プロセスの内部統制を統括する機能を持っていません。
子会社における不祥事対応と管理強化
フコクは過去の子会社不祥事を受け、業務計画への対策追加、モニタリング強化、研修実施等の対応を行ってきました。近年はリスク管理委員会が「横領」「内部統制不備」等のリスクに対し、海外拠点往査(2022年~)、グローバル内部通報制度(2023年~)等の措置を実施・計画しています。
原因・背景分析
上海フコク内の管理体制
経理プロセスにおける内部統制の機能不全
上海フコクでは、X氏による本件不正出金を可能にする状況が長年存在していました。具体的には以下の問題点があります。
- 小切手の管理:使用者と保管者が分離されておらず、X氏が小切手帳を保管・使用し、使用状況の管理もされていなかった
- 印鑑の管理:押印申請者と印鑑保管者は分離されていたが、X氏はその使途について実質的なチェックを受けずに印鑑を押印できる状態だった
- 現金管理:X氏が金庫の鍵、解錠、施錠、記帳、残高管理まで一人で行っていた
- 費用支払承認及び記帳:財務部マネージャーによる牽制が機能せず、X氏は架空の伝票を作成して虚偽の記帳処理が可能だった
- 原価計算:X氏が原価計算を担当していたため、二重計上による歪みが顕在化しなかった
このように経理プロセス上の内部統制が全く機能しておらず、X氏に本件不正出金を実行する機会を与え、長年その発覚を免れる状況を許してしまいました。
出納・記帳事務の長期固定化と兼務の問題
X氏は2003年の入社から21年間、出納事務を担当し続けました。同一人物が出納事務を長期間担当することで業務が属人化し、他者による牽制が及びにくくなりました。実際、財務部マネージャーY9氏や副総経理Y1氏は小切手の存在すら認識していませんでした。
さらにX氏は原価計算業務も兼務していたため、不正出金を発見しにくい状況が生まれていました。これらの状況と内部統制の機能不全が相まって、不正リスクが高い環境となっていました。
財務部マネージャー及び副総経理の長期固定化
上海フコクの財務部マネージャーはY9氏が2023年に就任するまで、約12年以上にわたり同一人物(Y8氏)が務めていました。また、副総経理もY2氏が2006年頃から2023年まで約17年間務めていました。
この長期固定化が管理の緩みや馴れ合い、リスク認識の希薄化を招き、内部統制の機能不全を生じさせる一因となりました。適時な人事ローテーションが行われていれば、後任者が問題点をより早期に認識し、X氏の不正出金を阻止できた可能性があります。
出納事務担当者の不正リスクに対する認識の希薄さ
上海フコク内では、X氏は真面目で淡々と業務を遂行する人物と見なされ、信頼が厚かったことに加え、総経理・副総経理に財務部に精通した者がいなかったこともあり、個人に対する信頼が内部統制上のコントロールを蔑ろにする状況を生みました。
本来、出納事務担当者の不正リスクを認識し、適切なチェック・承認等を通じて牽制を働かせるべきでした。
中国会社法制上のガバナンス体制の形骸化
上海フコクの董事会及び監事は形骸化しており、ガバナンス体制はほとんど機能していませんでした。これらの機関が機能していれば、総経理及び副総経理のマネジメントを監視し、経理プロセスにおける内部統制の機能不全が早期に発見・是正された可能性があります。
フコクの上海フコクに対する管理体制
財務部及び経営戦略室による管理
財務部・経営戦略室は子会社の財務報告の異常性をチェックしていましたが、これらは結果の数値に対するチェックであり、経理プロセスを直接検証するものではありませんでした。
また、「連結財務諸表の科目毎に1,000万円以上の差異があるもの」という抽出基準は一律に適用され、各子会社の規模やリスク特性を踏まえたものではなく、比較的少額の不正の繰り返しを検知するには適していませんでした。
内部監査室による内部監査
フコク内部監査室による上海フコクへの監査は、2007年~2023年の間、チェックシート方式による内部統制監査のみで、実地監査は行われていませんでした。
子会社からの回答を信頼し、経理プロセスにおける内部統制を詳細に確認する質問内容ではなかったため、上海フコクの実態を把握できませんでした。
実地監査を伴わないチェックシート方式の監査の有効性は一概に否定できませんが、子会社の事情を踏まえたリスク評価に基づく実効的な措置が必要でした。特に人事ローテーションが固定化されていた状況では、より慎重な対応が求められました。
子会社管理におけるリスク評価上の問題
フコクでは子会社の不正リスクや内部統制上の不備リスクを画一的に扱う傾向があり、子会社ごとの個別リスク評価とそれに応じた措置が不十分でした。
上海フコクでは、財務に精通していない副総経理が長期間財務部を管轄し、財務部スタッフを現地スタッフに依存していたことなどから、経理プロセスに内部統制の不備が生じるリスクは相応に高かったといえます。
組織風土の問題
フコクには創業当時から技術・製造面を重視し、管理機能が軽視される風土がありました。財務部門は人員確保が困難な状況が続き、内部監査室も少数の人員でフコクと十数社の子会社の監査業務を担当せざるを得ませんでした。
この管理部門の人員不足が上海フコクへの実効的な管理を困難にした背景として指摘できます。
上海フコク副総経理を長期固定化させた人事
Y2氏が長期間上海フコクの副総経理を務めた背景には、創業家出身社長の影響があったとの指摘があります。
Y2氏は中国での渉外事務に精通していた面もありますが、創業家出身社長の影響力によって長期固定化のリスク・弊害が考慮されなかったとすれば、フコクの子会社人事プロセスに問題があったといえます。
なお、現在のフコク経営陣によれば、創業家出身者が経営から離れて以降は人事が刷新され、海外拠点派遣人員には5年または3年を目途とするローテーション人事が実施されているとのことです。
不正のトライアングル
不正のトライアングルとは、米国の犯罪学者ドナルド・クレッシーが提唱した理論で、不正が発生する3つの要因「動機・プレッシャー」「機会」「正当化」を示したものです。この3要因が揃うことで、不正が起こる可能性が高まるとされています。
今回のフコクの調査報告書で認められたX氏の不正行為を不正のトライアングルに当てはめるとしたら、次のように考えられます。
動機・プレッシャー
X氏の不正の主な動機は賭博による借金の返済でした。X氏は「友人に誘われて裏カジノにはまってしまい、ギャンブルで作った借金を返済するために会社資金を着服していた」と供述しています。また、借金返済のほか、一部の資金は金融商品の購入や生活費に充てたとも述べています。
機会
X氏が長年にわたって不正を実行できた機会は以下のとおりです。
- 出納事務・記帳業務の長期固定化:X氏は2003年~2024年の21年間にわたり、出納事務を担当しており、銀行口座管理や現金取引の証憑整理、記帳などを一人で実施していた
- 牽制の欠如:小切手の保管・使用に関して、上長や他の従業員によるチェックが全く機能しておらず、また、小切手の振出しには複数の印鑑が必要であるにもかかわらず、X氏はそれらを一人で管理していた
- 原価計算業務の兼務:X氏は原価計算業務も担当していたため、費用の二重計上による帳簿の歪みを自ら隠蔽できる立場にあった
- 銀行取引明細の独占管理:銀行取引明細書もX氏が保管し、他の従業員はチェックしていなかった
正当化
X氏は自身の賭博による借金の返済のために会社資金を着服していたことを説明しており、経済的な困窮が不正行為の正当化に繋がった可能性があります。また、不正の発覚を免れるために帳簿上の隠蔽工作を行い、長年にわたり自らの行為を正当化していたと考えられます。