【日東工器】原価計算担当の失踪で発覚した在庫操作

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第三者委員会等調査報告書の要約

 日東工器株式会社は、連結子会社である栃木日東工器株式会社の定期的な在庫評価額における異常値について、会計資料の分析、精査を行った結果、同社の棚卸資産の残高について過大計上の疑義を把握したため、特別調査委員会を設置して調査することとしました。

 この記事では、日東工器が公表した特別調査委員会の調査報告書に記載されている不正の内容、発生原因に焦点を当てて要約しています。

※詳細は日東工器株式会社特別調査委員会「調査報告書」(PDF)をご確認ください。

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会社概要

日東工器株式会社(2024年3 月期)

  • 資本金:18億5032万円
  • 従業員数:連結1,014名、単体466名
  • 事業内容:迅速流体継手(カプラ)の製造・販売、省力化機械工具の製造・販売、リニア駆動ポンプとその応用製品の製造・販売、建築機器(ドアクローザ)の製造・販売
  • 売上高:連結270億72百万円、単体245億66百万円
コーポレートガバナンス体制
  • 取締役6名(うち社外取締役3名)
  • 監査役3名(うち社外監査役2名)
  • 内部統制委員会(下部組織として、安全保障輸出管理委員会、製品安全委員会、財務報告委員会、社内規程整備委員会及び危機管理委員会)
  • 監査部(内部監査)
  • 指名・報酬委員会
  • サステナビリティ委員会

栃木日東工器株式会社(2024年3 月期)

  • 資本金:1 億円
  • 従業員数:90名
  • 事業内容:迅速流体継手「カプラ」、ポンプ、医療機器の製造
  • 売上高:54 億15 百万円
  • 組織運営体制:取締役7名、監査役1名

認定された事実関係

 2020年3月期以降、栃木日東工器において棚卸資産評価額の意図的な過大計上と在庫評価の切下げ回避が継続的に行われ、2024年6月期末時点で693百万円の過大計上が判明しました。この不正は管理部総務課係長のX氏による単独実行であり、他の役職員の関与は認められませんでした。

 不正は総平均単価による原価計算において実施され、当初は外注仕掛品の合計値改ざんから始まりました。具体的には、X氏が基幹システムから出力したデータを改変し、さらに棚卸計算書への転記時に金額を加算する手法を用いていました。

 2022年3月期からは手法が拡大し、材料・部品の単価調整、在庫評価額の切下げ調整が加わり、最終的には賃率調整や製造間接費の実際配賦比率の調整にまで及ぶなど、手法が徐々に巧妙化していきました。また、調整の対象となる品目も、当初の外注仕掛品から組立仕掛品、原材料、資材部品へと広がっていきました。

 不正発覚の直接のきっかけは、2024年7月にX氏が外注仕掛品の算出方法の説明を求められた際に突如失踪したことでした。その後、X氏の家族を通じて在庫金額操作の事実が判明しました。

 日東工器の基幹システム推進部の支援による月次決算実施の過程で、約3億円の過大計上が具体的に確認され、その後の調査でさらに詳細な不正の実態が明らかになりました。

 X氏は、過去の会計処理ミスの発覚を恐れ、栃木日東工器の経常利益率を維持するために不正を行ったと認めています。

 月次会議で日東工器から棚卸資産の増加要因について質問されることをプレッシャーに感じていたものの、その質問を回避するために不正に及んだわけではなく、原価計算のプロセスの担当者としてミスをしたという自覚があり、それが発覚するのを避けるために不正を行ったと明確に説明しています。

 この供述内容は、デジタルフォレンジックで発見されたエクセルファイルの記録内容とも整合しており、調査委員会は高い信用性があると判断しました。

 組織的な管理体制の面では、栃木日東工器の管理部や総務課において不正は認識されておらず、適切な対応も行われていませんでした。

 また、日東工器は月次での報告受領や監査部による年2回程度の定期的な業務監査を実施していましたが、不正の兆候を把握することはできませんでした。

 さらに、外部監査人であるEY新日本有限責任監査法人も半期ごとの監査を実施し、工場長への概況ヒアリングなども行っていましたが、特段の懸念点は指摘されていませんでした。

類似事象の有無の調査結果

 X氏が算定した棚卸資産評価額と日東工器の社内調査チームが再計算した評価額を、時期別・品目単位で比較分析しました。2019年9月期から2024年6月期までの期間で、品目単位で百万円以上の差額が生じており、在庫金額表が入手できた期を対象としました。

 差額が生じた原材料コードや部品番号のサンプルチェックにより、再計算の妥当性を確認し、デジタルフォレンジックで検出されたX氏の計算記録との整合性も確認しました。

 棚卸資産評価切り下げについては、X氏の作成資料と日東工器の再計算資料を比較し、X氏への聞き取りで意図的な調整の有無を確認するとともに、再計算方法の妥当性も検証しました。

 さらに、X氏が原価計算以外の業務で不正を行っていないか確認するため、担当業務を洗い出し、財務数値に影響する業務については客観的な資料の分析等により正確性を検証しましたが、追加の不正は見つかりませんでした。

 栃木日東工器以外の日東工器製造子会社(東北日東工器株式会社メドテック工場、同白河工場、NITTO KOHKI INDUSTRY (THAILAND) CO., LTD.)についても、客観的資料の確認・分析により類似の不正がないか調査しましたが、不正は確認されませんでした。

 なお、NITTO KOHKI AUSTRALIA MFG.PTY LTDについては、2022年5月に生産終了し2023年11月に清算済みで、調査対象期間中の在庫金額の影響も小さいため、調査対象から除外しています。

発生原因の分析

不正のトライアングル理論に基づく分析

動機について

 X氏が経理担当者として過去の会計処理ミスの発覚を恐れ、栃木日東工器の経常利益率を現状維持しようとしたことが明らかになっています。

 月次会議で日東工器から在庫増加の質問を受けることをプレッシャーに感じていたものの、質問回避のために不正を行ったわけではなく、自身のミス発覚を防ぐことが主な動機でした。社内で過度に厳しい叱責や特定社員の孤立化といった問題は見られず、会社としての組織的な問題は認められません。

機会について

 原価計算業務がX氏に一任されブラックボックス化していたこと、またX氏が情報システムの管理者権限も持っていたことが挙げられます。

 上長によるチェックは行われず、部下も準備作業のみに関与する状況でした。組立仕掛品の架空計画No.加算以外の不正手法は管理者権限がなくても可能でしたが、経理と情報システム両方の担当者という立場により、不正実行の機会が常にあった状態でした。

正当化について

 当初は栃木日東工器の業績回復時に解消する一時的な対応として始めましたが、業績が上向かず、不正継続により実態把握も困難になり、現状維持のまま発覚に至りました。人事評価への不満や不適切な処理の横行といった組織的な問題は認められません。

未然防止・早期発見を妨げた要因の分析

在庫残高の推移モニタリングの問題

 在庫金額の異常性を判断するには「肌感覚」が必要とされ、実態把握が属人的な経験値に依存していました。日東工器のモニタリングも損益面が中心で、品目別の在庫推移の確認が不十分でした。

担当者任せの原価計算プロセスを是正できなかった問題

 栃木日東工器の原価計算プロセスは財務報告の内部統制評価の対象でしたが、日東工器の財務報告委員会が十分に機能せず、上長のチェック形骸化という運用上の不備を把握できませんでした。

 委員会メンバーの内部統制に対する認識不足や、監査部の実務体制の不十分さが背景にあったと考えられます。

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