2024年5月上旬、株式会社ファインシンターの海外子会社PT.Fine Sinter Indonesiaの新任代表取締役a氏が、2021年3月期から2024年3月期までの期末棚卸資産について、実態と異なる資産計上の疑いを発見し、本社に報告しました。これを受けて同社は特別調査委員会を設置し、事実関係の解明と再発防止に向けた調査を開始することを決定しました。
この記事では、同社が公表した特別調査委員会の報告書に記載されている不正の内容、発生原因に焦点を当てて要約しています。
※詳細は株式会社ファインシンター特別調査委員会「調査報告書」(PDF)をご確認ください。
会社概要
株式会社ファインシンター
- 事業内容:自動車用部品、鉄道車両用部品、産業用機械部品及び油圧機器製品の製造・販売
- グループ構成:同社および連結子会社6社
- 資本金(2023年3月期):2,203百万円
- 連結業績(2023年3月期):売上高39,674百万円、当期純利益▲2,658百万円
PT.Fine Sinter Indonesia(以下「FSI」という)
- 所在地:インドネシア共和国
- 事業内容:自動車用部品の製造・販売
- 業績(2023年3月期):売上高1,436百万円、当期純利益34百万円
調査の結果判明した事実
在庫過大計上の概要と具体的手法
FSIでは、2020年2月から2024年4月まで、b氏社長の指示により製品・仕掛品の在庫を過大計上する不正が行われていました。具体的な手順は以下のとおりです。
- 生産管理部のc氏が毎月末に実施される棚卸の実数に基づくデータ(ORIファイル)を作成
- b氏から生産管理部のd氏に対し、実際より大きい評価額が指示される
- c氏がORIファイルを基に数量を増加させたREVファイルを作成
- REVファイルから外部機関の甲への提出用SHAREDファイルを作成
これらのファイルは生産管理部の共有フォルダに保存され、特にパスワード等の制限はありませんでした。過大計上額は徐々に拡大し、2020年1月時点では約731万円でしたが、2023年12月時点では約4億326万円にまで増加していました。
発覚の経緯と発覚後の対応
この不正は、2024年1月に就任したa氏社長が同年4月初旬、在庫評価金額の急激な減少を確認したことで発覚しました。これは会計監査人の乙が2024年3月期末の棚卸で初めて抜取り確認を実施したため、対象品番の過大計上ができなくなったことが原因でした。
a氏は2024年2月と3月の間で特に大きな在庫数量の変化がなかったにもかかわらず評価金額が減少していることに違和感を覚え、工場長のe氏らと調査を開始しました。調査の過程でc氏から過大計上の事実を確認し、2020年1月からの実態との差異を集計してファインシンター担当役員のf氏に報告しました。
不正開始の背景と経緯
不正が開始された背景には、ファインシンターからの継続的な黒字化要求や2020年3月期における減損回避の必要性など、b氏への強いプレッシャーがありました。特に2020年1月には、ファインシンターの経営会議でFSIの業績について厳しい指摘がなされ、日本人出向者を減らすといった発言もありました。
また、2020年1月以降、新型コロナウイルスの影響で甲(経理業務委託先)による棚卸立会が中止されたことで外部からのチェック機能が低下し、ファインシンターグループ内で「在庫を増やせば利益が増える」という考えが浸透していたことも要因となりました。
継続を可能にした構造的要因
不正の継続を可能にした要因として、FSI内の組織的な問題がありました。現地スタッフと日本人駐在員の間には大きな職位格差があり、また、言語の壁によるコミュニケーション不足や、日本人駐在員間の分業意識による相互牽制の欠如なども問題でした。日本人駐在員は自身の担当業務(営業や品質管理等)に注力し、経理面の確認は主にb氏に委ねていました。
ファインシンター側でも管理体制に重大な問題がありました。経理部は本来、財務情報の監視・監督という牽制的な役割を担うべきでしたが、業績改善のための検討や相談を行う立場に変容していました。さらに、在庫回転期間の分析等が省略され、b氏が6年超にわたってFSI社長を務めるなど、人事の固定化も進んでいました。
類似事案の調査結果 ー山科工場事案ー
調査の過程では、ファインシンターの山科工場において、販売予定のなくなった●●用ブレーキ等の廃却処分を先送りする不適切な会計処理も発覚しました。これは製品別の評価損検討ルールが未整備であったことや、在庫廃却に関する「天命処理管理規定」が関係者に認知されていないなどの問題が背景にありました。
営業部門が廃却の必要性を認識し「天命通知書」を発行したにもかかわらず、利益への影響を懸念して処分が先送りされ、通知書の回覧も途中で止まってしまうなど、組織的な管理の不備が明らかになりました。
関係者の認識と対応
関係者の認識について、b氏は黒字化のプレッシャーから場当たり的に不正を開始し、その後も解消できずに継続したと述べています。現地スタッフは不正と認識しつつも社長の指示に従うしかないと考え、中には「甲(経理業務委託先)やファインシンターが気付くだろう」と期待して放置した者もいました。
ファインシンター経理部は在庫の異常な増加に気付きながら十分な確認を怠り、日本人駐在員は分業意識から経理面の確認を怠りました。ファインシンターの役員も四半期パッケージ等で異常値を認識し得る立場でしたが、適切な対応を取ることができませんでした。
原因・背景
主な原因
①b氏のコンプライアンス意識の問題が根本的な原因でした。FSIの黒字化という課題に対してファインシンターから強いプレッシャーを受ける中、場当たり的に不正を開始しました。
②FSI社長の指示に対する牽制機能が働かなかった点も重要です。現地スタッフと日本人駐在員の間の職位格差や言語の壁により、意見具申が困難な状況でした。また日本人駐在員間でも、分業意識から相互牽制が機能していませんでした。
③ファインシンターグループ内の黒字化へのプレッシャーも大きな要因でした。ファインシンターからは目の前の黒字化を重視する姿勢が強く、子会社の個別事情を考慮せず一方的に目標・指示が発出される状況でした。
④「在庫の増加=利益の増加」という考えがファインシンターグループ内で拡大解釈されていたことも影響しています。この考え方自体は会計処理として不適切ではありませんが、目の前の利益増加が強調されることで、不正行為につながるリスクを含んでいました。
継続要因
以下のような要因が複合的に重なり合い、不正が4年以上にわたって継続する結果となりました。
①新型コロナウイルス感染症の影響で、従来の棚卸手続が変更され、外部からのチェック機能が低下しました。
②ファインシンター内での目の前の黒字化への焦りがありました。売上高400億円、営業利益率8%という目標に対して業績が低迷する中、短期的な利益確保に注力する状況となっていました。
③ 「NO」と言いづらい環境が形成されていました。経理部の役割が変容し、本来の牽制機能が低下。山科工場事案でも、経理部が販売見込みのない製品の廃却判断に関与するなど、不適切な判断が行われていました。
④ファインシンター経理部の負担が増加し、牽制機能が低下しました。各拠点の業績改善方法の検討など、本来の役割を超えた業務範囲の拡大により、在庫回転期間の分析等が省略されていました。
⑤在庫の取扱いに関する社内規程・運用が不十分でした。山科工場事案の調査で、評価損の検討ルールが未整備であることや、「天命処理管理規定」が関係者に認知されていないことが判明しました。
⑥形式的ルールを守れば足りるという姿勢が蔓延していました。内部監査もJ-SOX対応に終始し、売上高基準で対象外となった子会社への監査が10年以上実施されていませんでした。
⑦担当者の硬直化により牽制機能が弱体化していました。b氏の6年超の在任に象徴される人事の固定化が、不正の長期化につながりました。
⑧FSIにおける現地従業員と日本人間の風通しが悪く、問題を指摘できない環境でした。
⑨内部通報制度が不十分でした。ファインシンターの内部通報窓口は国内従業員のみを対象とし、海外子会社の従業員の声を直接吸い上げる仕組みがありませんでした。
ファインシンターにおける子会社管理状況
四半期パッケージによる管理
ファインシンターは四半期ごとに連結子会社から財務情報の報告を求めていました。異常値にはフラグが立ち、増減理由の記載が必要とされていました。2014年頃まで存在した在庫回転期間の分析項目は、連結子会社からの要望と経理部の業務負担を考慮して削除されました。
生産状況報告会
月1回、各子会社の損益管理・予算管理のための会議が行われていました。FSIについては、社長、管理職が参加し、担当役員のf氏を中心に議論が行われました。議論は主に売上高、営業利益等の損益計算書項目が中心で、在庫については増減数の報告程度でした。
収益会議
月1回、FSCの役員・執行役員が参加し、損益状況や活動進捗を共有する会議です。海外子会社は原則として担当役員が報告を行い、予算目標未達の場合は改善策の説明が求められました。
経営会議
週1回、役員・執行役員による会議が開催され、2020年以降は各拠点の損益状況報告が毎週行われるようになりました。報告は経理部が担当し、l氏から厳しい指摘を受けることも多く、経理部は各拠点に対して細かな状況確認や改善要請を行っていました。
FSIの在庫増加への対応
2022年3月期以降、FSIの在庫が不自然に増加し続け、四半期パッケージ上でも注意フラグが表示されていました。しかし、ファインシンター経理部は新型コロナの影響による在庫増加との説明を受け入れ、詳細な確認は行いませんでした。むしろ「利益を上げるために在庫を造り込め」との発言が経営層からあり、在庫増加を疑問視する雰囲気はありませんでした。
不正のトライアングル
不正のトライアングルの観点から、調査報告書をもとに、b氏が不正を行った要因をあらためて以下のようにまとめてみました。
動機・プレッシャー
- ファインシンターの経営陣からは、業績改善と黒字化達成の時期に関する厳しい指摘や要求が繰り返し行われ、大きなプレッシャーを感じていた
- 特に、FSIの業績が単体決算に大きな影響を与えていたこと、減損の可能性が指摘されていたこと、2019年度の事業計画の必達が指示されていたことなどから、黒字化を達成しなければならないという強いプレッシャーを感じていた
- 2020年に入ると、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響もあり、ファインシンターグループ全体の業績が悪化し、経営陣からは一層厳しい業績改善要求が出されるようになった
正当化
- FSIの黒字化は、会社全体の利益に貢献するため、多少の不正は許されると考えていた可能性がある
- ファインシンター経営陣からの強いプレッシャーに耐え切れず、不正行為に手を染める以外に選択肢がなかったと自分を納得させていた可能性がある
- 在庫過大計上は一時的なものであり、将来的に業績が改善すれば問題ないと考えていた可能性がある
機会
- FSIの在庫管理体制が脆弱であったため、自分の指示に従う部下を使って、不正な在庫データを容易に作成することができた
- FSIの月次棚卸は、複数の部署の担当者が分担して実施していたが、その後は、生産管理部のc氏1名がこれをエクセルファイルに転記し、それを生産管理部のd氏が確認した上で、甲(経理業務委託先)に送付するというフローが採られており、事後的にファインシンターの経理や内部監査等で検証されるといった手続もなく、現地スタッフ2名のみしか、在庫の数量の全体像を把握しない運用となっていた
- ファインシンターの経理部や内部監査室は、FSIの在庫管理状況を十分に監視しておらず、不正行為を長期間隠蔽することができた
- ファインシンターでは、連結子会社の在庫回転期間の分析、検討を省略するなど、在庫管理に関するチェック体制が不十分だった
- ファインシンター監査室による内部監査は、J-SOXへの対応という観点からの内部監査にとどまっており、FSIのような重要性が低いと判断された子会社は、監査対象から外されていた