株式会社ウイルコホールディングスとその子会社ウイル・コーポレーションが、2020年4月から2023年1月までの期間に申請した新型コロナウイルス関連の雇用調整助成金について、2024年2月に石川労働局が調査を行いました。
出勤簿の休業記録と、社用車管理簿および入退館記録との間に多くの不整合が見つかったため、両社は2024年5月2日に約8億6千万円(助成金約6億7千万円と違約金・延滞金約1億9千万円)の自主返還を行うことになりました。これを受けて、両社は事実解明のため、利害関係のない外部専門家による第三者委員会を設置することを決定しました。
この記事では、同社が公表した第三者委員会の報告書に記載されている不正の内容、発生原因に焦点を当てて要約しています。
※詳細は株式会社ウイルコホールディングス「第三者委員会による報告書」(PDF)をご確認ください。
会社概要
株式会社ウイルコホールディングス
- 従業員数:16名
- 事業内容:印刷業、製版業、製本業等
- 資本金:1,667百万円
株式会社ウイル・コーポレーション
- 従業員数:333名
- 事業内容:商業印刷物、ラベル・シールの製造販売
- 資本金:50百万円
- 親会社:株式会社ウイルコホールディングス(議決権比率100%)
調査対象会社の運営形態
取締役会
ウイルコHDとウイル・コーポレーションで同時に開催され、主にウイルコHDの役員が中心となって出席し、ウイル・コーポレーションの役員は関係する議題がある場合のみ参加する形が多くなっています。
役員連絡会(役員会議)
ウイルコHDでは毎週木曜日に役員連絡会が開催され、常勤役員(代表取締役a氏、取締役(創業者)c氏、取締役d氏、取締役e氏、取締役(監査等委員)f氏)が出席して重要な運営方針を決定しています。雇用調整助成金等の申請方針もこの連絡会で決定されました。
監査等委員会
ウイルコHDには監査等委員会も設置されていますが、取締役会と同日開催で非常勤委員への議題説明が中心となり、監視機能としては十分とは言えない状況です。
内部統制委員会およびコンプライアンス委員会
内部統制委員会とコンプライアンス委員会も設置されていますが、内部通報制度は情報管理の不透明さから十分に活用されていません。
以上の組織運営実態から、対象会社らの業務執行における意思決定は、ウイルコHDおよびウイル・コーポレーション双方の常勤役員(a氏・c氏・d氏・e氏)が中心となって行われており、代表取締役b氏の実務への関与はほぼ認められない状況でした。
調査により判明した事実
雇用調整助成金制度の利用
ウイルコHDおよびウイル・コーポレーションは、新型コロナウイルス感染症の特例措置に基づき、2020年4月から2023年1月にかけて合計約6億7,150万円の雇用調整助成金を受給しました。
特例措置では、手続きの簡素化や要件緩和、助成率の引き上げなどが行われ、両社は休業した日数分の賃金を減額表示した上で、同額の休業手当を支給する形をとりました。また、ウイル・コーポレーションは2020年5月から2023年1月にかけて約658万円の緊急雇用安定助成金も受給しています。
勤怠管理の実態
社員は月単位の出勤簿に休業日を記載し、出勤日は押印する形式でした。各部署は翌月の休業計画を作成し、経営企画部及び総務人事部へ提出し、経営陣と共有していました。月の半ばには各部署から休業実績が報告され、達成率が数値化されて経営陣と共有されていました。
ただし、出勤簿は本来毎日記入すべきところ、月末にまとめて記入し、部署長の確認印を受けることが常態化していました。完成した出勤簿は総務人事部で整理され、助成金申請手続きが行われていました。
不正の発覚と会社の説明
2024年2月の労働局調査により、出勤簿上の休業と社用車管理簿及び入退館記録との間に不整合が発見されました。会社は、半日休業を組み合わせての申請や、出勤簿のまとめ記入による齟齬、時間休の制度理解不足などを説明しましたが、実際の記録との照合により、これらの説明には合理性がないことが判明しました。
また、休業計画達成が第一義と考えた社員が、部下に出勤日を休業日とするよう指示していた事例があったことも認めています。
調査で判明した事実
出勤簿と入退館記録等の照合により、複数の部署で多数回にわたり、実際に勤務していた日を「全日休業」として申請していた実態が確認されました。特に、フルに1日勤務した日や数時間の勤務日を「全日休業」として申請するケースが多く見られました。一方で、緊急雇用安定助成金については不正は確認されませんでした。
また、アンケート調査(回収率約60%)では以下の回答がありました。
- 休業計画と異なる出退勤があったことを多くの社員が認識
- 休業目標達成のための指導や雰囲気があったことを回答
- 8割近い社員が法令違反であると認識
- 内部通報制度が十分に機能していないとの意見も多数
さらに、デジタルフォレンジック調査では以下の結果が認められました。
- c氏(ウイルコHD取締役(創業者))を中心とした経営陣による組織的な不正指示を示すメールを多数発見
- 休業日のテレワーク奨励や休業取得率の数値目標設定などを確認
- 経営陣による不正の認識と黙認を示す証拠を発見
- 休業を装ってまでも助成金を受給する強い動機付けや、休業取得率のノルマ化を示す証拠も確認
不正行為の関係者
c氏(ウイルコHD取締役(創業者))を中心とした常勤取締役が本件不正行為の関係者として特定されました。c氏は直接的に不正を指示し、他の取締役も認識しながら黙認または追従していました。
特に、c氏は社内で「オーナー」と呼ばれ、その指示は絶対的なものとして扱われていました。経営陣は、社員のためと説明しながら、実際には会社の利益を追求するために社員を犠牲にしていたと評価されています。
その他の不正
勤怠管理システムにおいて、社員による実態と異なる入力が行われ、管理者がそれを把握しながら指導していない実態も判明しました。システム導入により正確な勤怠管理が期待されましたが、社員による修正が容易なため、新たな課題が生じています。
不正発生の根本的原因
不正の根本的原因について、「不正のトライアングル」の観点から以下のように整理されています。
動機
慢性的な経営不振とコロナ流行による厳しい環境下での業績維持・企業存続へのプレッシャーが主な動機となっています。雇用調整助成金がなければ経営が立ち行かない状況であり、実際に財務諸表では助成金について注記せず、企業努力により業績が向上したかのような記載を行っていました。
機会
不正を可能にした要因として、以下の2点が挙げられます。
マネジメント体制の不備
- c氏(ウイルコHD取締役(創業者))がすべての意思決定者となっていたこと
- 総務人事部長とc氏の密な関係により雇用調整助成金関連のすべてが決定されたこと
- 常勤取締役による役員連絡会が実質的な全社の意思決定の場となっていたこと
チェック体制の不備
- 取締役会の形骸化
- 内部通報制度が機能していなかったこと(社員からは「内部通報してもうやむやにされる」との諦めの声)
正当化
以下の2点が不正を正当化する要因となっています。
c氏(ウイルコHD取締役(創業者))によるワンマン経営体制
- c氏こそが会社であり、トップの言うことに従えばよいという意識が根底にあること
- c氏に気に入られた人間のみが重用・昇進する状況
- 「一族は特別」という意識と、何を言っても無駄という企業風土の存在
役職員のコンプライアンス意識の欠如
- 「他社がやっているから当社でも大丈夫」という安易な考え方
- 不正行為を思い止まらせる意識の不足